今週は、ノートの減りがはやかった。
フクトミが現在使っているノートの表紙には、「司法47 H18.10.26~」と書いてある。一昨年7月に司法担当になってから、47冊目のノートということだ。2日目にして、すでに半分を使い切った。前のノートには「司法46 H18.10.19~10.25」とあるから、こちらはちょうど1週間で使い切ったことになる。
学生時代、フクトミにとってノートとは「コピーさせてもらうもの」だった。試験前には、常にコピー用の小銭をきらさなかったものだ。しかも1000円分ぐらいね。
まさか、就職して、こんなにノートを消費する生活を送るとは思いもよらなかった。学生のころもちゃんとノートをとっておけばよかったなあ、とはるかな過去を振り返る一方で、まじめな学生生活を送っていたら今、この仕事には就いてないよなあとも思う理系出身のフクトミでした。
ノートを使い倒したのは、浪速区の姉妹殺害事件の公判が今週、4回も開かれたからだ。おかげで、ウイークデーのうち1日を除いて午後は大法廷に缶詰めになってしまった。
メモなんて適当に必要なとこだけとればいいのに、と思われるかもしれないが、そうもいかないのだ。フクトミは重大かつ特異な事件では、被告人質問などのやりとりをそのまま再現する「詳報」というスタイルで出稿している。この事件もそうで、そのためには逐一メモを残さねばならない。
それに、ひたすらペンを走らせてると、眠くならないんですよ。手を止めると、すぐに意識も止まってしまうんですが。
では、今回の傍聴日記。4回分まとめてお送りします。
10月23日(月)13:30~、強盗殺人、非現住建造物等放火罪など、第7回公判
25日(水)13:30~、強盗殺人、非現住建造物等放火罪など、第8回公判
26日(木)13:30~、強盗殺人、非現住建造物等放火罪など、第9回公判
27日(金)13:30~、強盗殺人、非現住建造物等放火罪など、第10回公判
まず、事件の概要から説明したほうがいいですね。「浪速区」というのは大阪市にあります。念のため。
事件が起きたのは、平成17年11月17日。未明に浪速区のマンション一室で火災があり、室内から住人の姉妹が刺殺体で発見された。姉は27歳、妹は19歳だった。
それから約20日後、マンション隣のビルへの建造物侵入容疑で逮捕されたのが、山地悠紀夫被告(23)だった。山地被告は、その後、姉妹に対する強盗殺人容疑や放火容疑で再逮捕された。
ところが、山地被告には重大な“過去”があった。
山地被告は16歳だった12年7月、山口市内の自宅で母親をバットで撲殺していたのだ(ちなみにこの年は、愛知県豊川市の夫婦殺傷、西鉄バスジャック、岡山の金属バット母親殺害、大分の一家6人殺傷、と少年事件の超当たり年であるとともに、改正少年法が成立した年でもある)。少年院を仮退院し、保護観察期間が終了してからわずか2年足らずで、再び人の生命を奪ったことになる。
しかも、今回の事件の動機を「母を殺害したときの感覚が忘れられなかった」と説明した。快楽殺人である。少年院での矯正教育は何だったんだ、ということになる。そもそも、改正少年法施行以前とはいえ、なぜ逆送しなかったのかという疑問も生じる。
ところで、ある識者の方は、山地被告が今回の事件で逮捕されたときに「母親を殺害したときに逆送して刑事罰を科すべきだった」とコメントしているが、母親殺害のときのスクラップブックをめくると「この少年は矯正可能で、保護処分は妥当だ」(笑)。まあ、こんなもんですよね。
で、起訴を経て公判前整理手続きが適用され、集中審理が行われることになった。今年5月1日から6月9日までに開かれた計6回の公判で明らかになった山地被告の発言をピックアップすると、
「今回の事件を起こしたのは、『人を殺したい』という欲求を果たしたかったから」
「姉妹を殺害しているときには、ジェットコースターに乗っているように強い性的快感があった」
「人を殺すのと、モノを壊すのに差はない」
「今回、逮捕されていなかったら、同じような事件を繰り返していた」
「自分が生まれてきた理由は、人を殺すためだと思う」
「今回の事件は起こるべくして起こった。理由はどうでもいい。ふらっと買い物に行くように、姉妹を殺した」
…という感じですね。
当然のように精神鑑定と情状鑑定が行われることになった。鑑定人は、あの宅間守・元死刑囚も担当した人だ。で、鑑定が終わって、今週、4カ月ぶりに審理が再開されたのだった。
再開後は一気に結審へ向け、また、集中審理である。今週だけで4回の期日が指定された。どうでもいいことではあるが、山地被告の服装は4日とも、微妙にちがっていた。
さて、今週の審理の内容だが、まず、鑑定結果。これが意外だった。
山地被告は少年院で、「広汎性発達障害の疑いがある」と診断されていた。鑑定を申請した弁護側も、広汎性発達障害との確定診断が下ると予想していたと思う。
ところが、結果は「人格障害」。責任能力を認めた上で、「被告には情性の欠如と性的サディズムがあり、殺人そのものに快楽を感じていた」と指摘していた。
そして、鑑定結果を踏まえて改めて行われた被告人質問。弁護側は「鑑定を通じてもう1度事件を振り返ることで、被告が変わることを期待した」のだという。確かに、山地被告は変化していた。だが、変化の方向は逆だった。
鑑定前の被告人質問では、山地被告は淡々とではあるが、質問にしっかりと答えていた。答えた内容は前述の通り、後悔や反省とは縁遠いものであったけれども。
ところが、今週の公判では「分からない」「答えられない」「調書に書いてある通り」を連発。あげくの果てには「黙秘する」と言い出した。被告人質問だけでなく、鑑定のための問診の際も、同様の反応だったのだという。
鑑定人は「自分の内面を知られたくない気持ちが強いからではないか」と分析している。とすれば、事件の背景や被告の心理状態を解き明かそうと鑑定を行ったことがきっかけで、逆にその道を閉ざしてしまったことになる。
弁護側は、閉じてしまった彼の心に向かって質問を重ねたが、徒労に終わった。残された証拠調べは、もう遺族の意見陳述だけだ。11月10日の次々回公判では、検察側の論告と弁護側の最終弁論が行われ、結審する。弁護人は「無力感を正直、感じた。力不足だった」と振り返っていた。


by brappi-oggy
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