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ふたつのストーリー《光市母子殺害⑤》

2008/04/12 09:07

 

みなさま、たいへんご無沙汰いたしております。

 

 

 3カ月近く休眠していた弊ブログでありますが、よりによって徹夜明けでこんな時間に更新であります。つまりフクトミ、かなりあせっております

 

 というのも、もうあと10日しかないんです。光市の母子殺害事件の判決まで。

 当然、判決当日の原稿の準備もあれば、事前の特集やら連載やらの執筆にも追われまくっております。ですが、まあこちらは長年の経験で、切羽詰まればどうにかなるのでは、と楽観してます。担当デスクには怒られそうですが。

 問題はブログなんですね、ブログ。判決公判までにはこれまでの公判について全部アップするとお約束していたわけなんで。

 

 ということで、積もる話もないわけではないのですが、いつものどうでもいいようなマクラを振ってる余裕もございません。

 

 

では、さっそく今回の傍聴日記。

 

6月27日(水)10:00~、殺人、強姦致死、窃盗罪、第3回公判

6月28日(木)10:00~、殺人、強姦致死、窃盗罪、第4回公判

 

 日付を書いただけで呆然とするなあ。9カ月も前だもんなあ。

 以前にお伝えしたように、今回は第3回公判の後半(具体的には13:30過ぎ)から第4回公判にかけて行われた加藤幸雄・日本福祉大学教授に対する証人尋問について、まとめてお伝えします。「以前」と書きましたが、以前も以前、半年余り前のことなので覚えてる方も少ないでしょうが。


 注意しなければならないのは、加藤教授は確かに少年の犯罪心理鑑定を行ったが、あくまでこれは弁護側の依頼に基づいて行ったもので、裁判所が職権で鑑定を依頼したわけではないこと。よって、鑑定人としての中立性に疑念をさしはさむ余地が生じる。巷間よく言われるように、弁護側とグルで言いなりの鑑定をやっている、とまではいかないまでも。


 

 さて、証人尋問が行われたのは、第3回公判は弁護側による主尋問のみ2時間10分、第4回公判は主尋問1時間10分に検察側による反対尋問35分で、2日あわせて計4時間ほど。

 ただ、鑑定人に対する尋問というのはたいていそうなんだが、鑑定書に目を通していないと、内容を把握しづらい。尋問は、鑑定書の読んだだけでは分かりづらい箇所への説明を求めるものが大半を占めちゃったりするわけなので。そりゃあ法曹三者は手元に鑑定書があるからいいけれど、傍聴人にとっては厳しいものがある。
 

 で、今回の傍聴日記を記す上で、被告人質問のときのように一問一答を詳しく載せるよりもは、なによりも鑑定書の内容を優先することにしました。こっちさえ読んでおけば、尋問で何が問われ、どう答えたかなんかは大半が不要なのではと思います。

 もちろん、心理鑑定書という性格上、家族史であるとか著しくプライバシーに触れる部分が多いので、その部分は割愛しています。分量そのものが結構ヘビーなこともありますが。

 

では、とりあえず鑑定書の要旨、というか抜粋をどうぞ。

 




☆☆ 犯 罪 心 理 鑑 定 書 ☆☆
          (平成19年5月7日付)

【1 鑑定事項】

 鑑定は弁護団からの依頼に基づき、調査を開始した。それ以前に、警察・検察調書や公判記録などの資料の提供を受けた。また調査開始後、家裁段階の社会記録の提示を受けた。

 鑑定事項は、①被告人の生育環境の問題性②生育環境が被告人の人格に与えた影響③前記①②と本件犯行に至る経緯及び動機形成との関係性④量刑及び処遇上、特に留意すべき事項-である。人格査定では、広島拘置所ではアクリル板越しの面接しか認められなかったため、差し入れ可能な審理査定を中心に実施した。

 調査面接は被告人と父親、母親の妹、高校時代の先生、同級生に対して行った。被告人の調査は広島拘置所で平成18年12月27日~4月30日に計8回、弁護人立ち会いの下、それぞれ2時間前後かけて行った。

【2 被告人の人格理解】

 被告人の人格像をまとめると、次のような特徴を指摘できる。

 

▽1)少なくとも事件当時は人格の統合性、連続性が乏しく、現実に直面する力が極めて弱い。困難は避けて逃げ道を探す傾向が見られる。精神的に未分化で、自立できるだけの社会的自我の形成がなされていなかった。

▽2)幼児的自己愛に基づく万能感に支配される度合いが非常に高く、自意識過剰とも言える。したがって、相手の立場から判断する視点は極めて弱い。万能感は自信のなさの裏返しでもある。これは、母親生存時の過度な自己愛充足と、母親の死による急激な自己愛剥奪が最大の要因と考えられる。

▽3)他者からの「見られ意識」が強く、愛情や関心の乏しさを、気を引く行動によって補う。被告人が「道化的」と表現する態度や行為である。被告人は嘘とすぐ分かる嘘をつくと見られているのに、本人に嘘をついているという認識はない。また、人気者になっている、女性にもてると思いこんでいる。面接においても、相手の意図に合わせて迎合的に発言することがまま見られる。悪乗りして調子を合わせたり、誇大に自分を表現したり傾向が見られる。拘置所内での手紙のやりとりにも同様の傾向が見られる。

▽4)内面には激しい攻撃性を抱える。内心の敵意や他罰的傾向が強いが、それを普段は表に出さない。鬱積した感情は小動物いじめ、ものの破壊、押し入れ閉じこもり、ゲームという仮想現実での攻撃発露といった形で表出されてきている。内面の激しい攻撃性の源泉は父親である。父親には、体罰や母親へのDVがあったことへの強い敵意と恨みの感情を抱く。

▽5)現実の世界で満たされない気持ちは、ゲームの世界にのめりこむことで緩和される。そこでは、自分が得意とすることだけに、万能感が満足させられやすいからである。

▽6)性的な成熟は、身体的にはそうであっても、性的欲求をコントロールする側の主体が追いついていない。異性との対等な関係ではなく、母親に対して甘えるかのように依存する形で愛情欲求の満足を求めることとなる。好きな対象に思いは馳せても、直接的性行動には男性としての自信がなく躊躇してしまう。性愛的感情と依存感情が未分化だといってもよい。性体験はなく、厳しい言い方をすれば幼すぎるので同年の女性からは相手にされない。性的関係では受け身なので、相手のリードがあれば一線を越える可能性はあるが、自らの行為としては後ろから「抱きつく」までが限度であった。

 

 また、①現実感の希薄さ②色濃く残る幼児的万能感③罪障感の欠如と他者への現実的共感性の乏しさ④突発的に過激な行動に走る傾向⑤非常に傷つきやすく、些細な傷つきに対しても復讐しようとする傾向-がある。この特徴に照らして事件における行動を見てみると、

 

①現場で自分のしていることへの現実的吟味が乏しい。偽作業員がばれないことには気をつかうが、自分のしていることへの躊躇はない。

②主観性が強く、何でも自分の思い通りになると思っている。その思いを邪魔されたことへの反撃から大胆な犯罪に至っている。

③一連の行為は死の尊厳を卑しめているという感覚がない。事件後も反省的態度が乏しいと評価される。そこには拘置所での手紙のやりとりも含まれる。

④犯行現場でも後戻りはできたはずなのに、とことん破滅的なところまで進んでしまう。

⑤自分が受け入れらなくて反撃されると、それに対して興奮状態になり、必要以上の力が入る。

 

となる。

【3 事件当日のことについて被告人が語った事実】

 友人との待ち合わせまで、しばらく時間をつぶす必要があった。子供をあやす母親を見て人恋しくなり、作業のふりをして訪問したら話ができるかもしれないと思った。7軒ぐらいを訪問したが、見破られるのではないかとゲームのような感覚だった。

 被害者の応対には包み込む優しさを感じた。赤ちゃんを抱く姿を、自分が幼いときの母の姿に重ねた。室内で「ご苦労様」とねぎらわれ、無性に甘えたくなり、うしろからそっと抱きついた。びっくりした被害者は子供を落とし、腕をふりほどき立ち上がった。拒絶された自分は固まった。腰のあたりに抱きつき、バランスを崩して仰向けで倒れた。左手で被害者の口を押さえたが振りほどかれてスリーパーホールドのような形で首が絞まり、被害者はおとなしくなった。死んだのかと怖くなった。ところが被害者は気絶から目がさめ、反撃に出た。反射的に倒して覆い被さったところ、大声を上げたので、左手で腕、右手で口を押さえた。しばらくすると嘘のように静かになった。

 赤ん坊の泣き声が耳に入り、抱っこしようとしたが手に力が入らず腰のところから落としてしまった。再び抱っこしてあてどなく動いた。風呂場がそのときは子供部屋に、風呂桶がベビーベッドに見えたので、そこに寝かせた。すると赤ちゃんが消えた。風呂桶に落ちたということだ。泣きやまない赤ちゃんを見て自分の行いを悔い、あやすつもりで首にひもを巻いた。蝶々結びで飾りのように巻くことで泣き止んでほしいと思った。蝶々結びはリボンのつもりで、可愛く見せるためにやったことだ。しばらくすると声がしなくなり、泣き止んだと喜んだ。しかし赤ちゃんが動かないので調べると、舌が紫色になっていた。赤ちゃんも殺してしまったと思った。

 被害者の姦淫は、生き返って欲しいと思って行った。自分は黒魔術を信じており、死者が復活することを信じていた。殺した罪を償うため、自分の子孫をつくろうと考えた。

【4 本件の真相理解】

 これまでは強姦を目的として、計画的にそれを実行し、抵抗されて殺害したということになっている。これを「性暴力ストーリー」と呼ぶ。しかし、強姦を企図するのであれば、常識的に考えて、なぜ会社のネーム入りの作業着を着て戸別訪問を繰り返したのか、幼子を抱える人妻を対象としなければならなかったのか、について合理的な説明が必要である。しかも、犯行現場は自宅と目と鼻の先であり、もし計画的だとすれば、捕まることを組み込んで実行したとしか考えられない。

 被告人が現在語っているのは、これまで事実認定されてきた性暴力ストーリーとは大きく異なる。それは、母性的依存を求めるストーリーである。これを「母胎回帰ストーリー」と呼ぶことにする。この理解は、被害者の立場に立てば言い訳であり、反省が足りないという証拠にしかならないが、考察する価値は十分にある。それは、被告人の人格理解およびこれまでの行動傾向と矛盾しないで説明が可能だと思われるからである。なお、母性的依存をキーワードとした意味づけは、すでに家裁段階の鑑別結果通知書の中でも見られる。

【5 鑑定主文】

 本件は、これまで性暴力を目的とする性暴力ストーリーとして事実認定されてきている。しかし、本鑑定調査によって、鑑定人が母胎回帰ストーリーと命名した動機が存在することが明らかになった。被告人の人格理解を前提に本件を考察すると、性暴力を目的に計画することは難しい。母性に甘えを強く示す行動態様として理解することが理にかなっている。

 被告人の人格理解を前提に、事件を評価すると以下のようになる。

 

▽1)事件は就職して14日目に起こっている。当時の被告人は自立できるだけの社会的自我が形成されていない状態にあった。

▽2)事件当日は仕事に行かずにゲームの世界で過ごすことを考えていた。ところが友人の都合で空白時間ができてしまったため、いったん自宅に戻った。被告人は自分の気持ちを癒してほしいと思い、義母に甘えたものの満たされることなく家を出ることになった。そこで「人恋しい」気持ちに駆られ、自分を受け止めてくれる人との出会いを求めて、仕事を偽装する形での戸別訪問を行った。

▽3)「人恋しい」という気持ちは、自我水準が低下した状態での幼児的甘えを基調としながらも、性的願望がそこに混じり込んでいた可能性を否定できない。被告人は自分の依存感情が満たされ、さらに接触願望や性的欲求が満たされることを、未分化な感情として持っていたとみるのが至当である。

▽4)戸別訪問は被告人を満足させるものではなかった。ところが被害者宅では、優しく招き入れてくれる女性に出会ってしまった。そこで被告人は赤ん坊を抱く被害者の中に自分の亡くなった母親の香りを感じ、母親類似の愛着的心情を投影してしまった。テレビの前に座る被害者の後ろ姿を見たときに、甘えを受け入れて欲しいという感情を抑えることができなくなり、後方から抱きつくという行為に出てしまった。

▽5)被告人は予期しない被害者の抵抗にあって平常心を失い、自己愛阻止への怒りの発散、あるいは被虐待経験者によくみられる過剰防衛的反撃、あるいは父親への抑圧感情の発散と見られるパニック状態となった。被害者の反撃に対して自分がどれくらいの攻撃を加えているかについては全く意識できていない。ここでの暴力が、性的欲求達成の手段ではなく、被害者の反撃に対する過剰反応だという点が重要である。

▽6)被害者の死をなかなか受け入れることができなかった。最愛の母親と重なる女性を死なせてしまったことへの戸惑いは、被告人を非現実的な行為に導いた。それは、自分を母親の胎内に回帰させることであり、母子一体感の実現であった。被害者の死後に行った被告人の行為は、通常は逸脱した性行為として認知されるのだが、被告人はその行為に「死と再生」の願いを託していたという。すなわち、自らにとっては母胎回帰という死の願望であり、被害者とともに永遠に生き延びたいという幻想でもある。

▽7)死後の性行為は、生身の関係では実現可能性が低い行為であり、これまで達成するチャンスすらなかった行為の実現である。性的欲求に基づく興奮が生じなければ射精しないであろうから、「死と再生」という意味づけが事実だとしても、性的結合への意思は否定できない。

▽8)被害児の殺害については、かなり激しい心理的混乱が見られる。母子の幻影を見たり、風呂桶をベビーベッドと見間違えたりしていたとすると、解離という防衛機制により自我のコントロールが及ばないところへ自分を追いやっていた可能性を否定できない。被虐待体験が根強い者によく見られる現実への直面を回避する行動機序である。現象を評価すれば、相当に狼狽して自分をコントロールできないまま被害児を死に至らしめている。すでに確認されている事実認定の通りだとしても、どうしてよいのか分からない逡巡が認められ、ひと思いに殺すといった短絡は見られない。

 

 被告人の犯罪が、性暴力ストーリーとして事実認定されてしまったのは、依存感情の中に性的欲求が刷り込まれていたためである。行為の結果から類推すれば、性暴力ストーリーの方が理解を得られやすいという側面はある。しかし当初から、鑑別結果などを精査して丁寧な調査を重ねることができたならば、本鑑定のような母胎回帰ストーリーが見えてきたはずである。

 被告人の人格の偏りを前提とすると、尊大な自己を正当化し、態度を非難されれば逆に居直る傾向がある。その意味で、贖罪意識が芽生えにくく、かえって被害者感情を逆撫でする発言すらしてしまう。現状でも、贖罪意識は不十分であり、自己コントロールの弱い面は残る。そうではあっても、ある程度自己の言動を対象化して客観的に評価することができるようにはなっている。

 ただ気にかかるのは、鑑別結果に記載された人格障害の疑い、あるいは人格障害となる危険性がなくなったわけではないことである。たとえば医療少年院へ送致されて、人格発達援助が受けられる環境にあれば、もっと内省や贖罪が進んだ可能性はある。収監が長いために、人格の統合性の弱さが克服されないで今日に至っている。


 
 

 …さて。一読されて、どう思われたでしょうか。

 「なんだ、弁護側の言ってることと同じじゃねえか」と思われたかもしれません。でも、それは当たり前。弁護側が取り調べ請求している証拠なんですから。言い換えれば、弁護側の主張は、この鑑定書(だけではないが)に基づいて組み立てられているわけだから、一致しているのは当然のこと。むしろ微妙な食い違いの方に興味をひかれる。たとえば、強姦の実行行為について、少年に性的欲求があったことを否定しなかったことだとか。

 

 

 この鑑定書を前提とした上で、尋問の概要にもちょっとだけ触れてはおきましょう。

 弁護側は当然ながら、鑑定書の記載内容を補充し、咀嚼するために必要な尋問。これに対し、検察側はあまり鑑定書の中身には踏み込まず、その信用性にかかわる尋問が多かった。これも至極当たり前だが。

 で、明らかになったのが、鑑定書を事前にドラフトの段階で少年に見せ、さらに少年からたくさんの訂正申し立てがあった、ということ。もっとも少年からの申し立てに対して事実関係の誤りは直したが、評価の部分はそのまま残したということなのだが。

 

 

 さて、証人尋問が終了した後は、証拠整理が行われた。


 まず、加藤教授が作成した鑑定書が、いわゆる321条4項書面として採用。これはまあ、当たり前であろう。

 で、意外というかなんというか、弁護側が請求し、初公判で採否が留保となっていた証人3人がいずれも採用されたのだ。3人とも加藤教授と同様に、弁護側の依頼で鑑定を行った専門家である。加藤教授が証人採用されたわけだから採用されて当然といえば当然なのだが、差し戻し控訴審が始まるまでは、高裁がここまで踏み込んだ証拠調べに乗り出すとは正直、思っていなかった。

 

 だって、差し戻しなんだもん。最高裁は「各犯罪事実は1、2審判決の認定、説示するとおり揺るぎなく認めることができる」が、「原判決は量刑に当たって考慮すべき事実の評価を誤った」ので、「死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情があるかどうかにつき更に慎重な審理を尽くさせる」ため審理を差し戻す、としている。事実認定の部分はいいから、死刑が相当との前提の上で情状面の審理をしなさいよ、ということだ。

 もちろん、高裁は職権で新たな証拠調べはできるわけだが、差し戻し審じゃなくても高裁というのはただでさえシブい本庄市の保険金殺人事件の八木茂被告の場合、東京高裁は弁護側が請求した400点近い証拠のうち採用したのは1割だけ。弁護側は弁論も行えない状態で結審した。これは弁護側請求証拠の量の膨大さを含めて極端な例にしても、控訴趣意書と答弁書の陳述の後は被告人質問以外の証拠請求はぜんぶ却下して、その被告人質問にしても「原審判決後の情状に関する事項だけを15分程度で」なんて条件でやらせて、初公判で結審しちゃうケースは枚挙にいとまがない。


 

 今回の差し戻し控訴審の場合も、初公判の際に第4回公判までしか期日指定をしなかったもんだから、ここまでで証拠調べを終えて、あとは検察側、弁護側双方の弁論を別期日でやって結審しちゃう可能性も高い、なんてタカをくくっていたのだ。いやはやまったく見当違いな予想をしたもんである。

 

 この段階で、第5~7回公判を7月24~26日に、8~10回公判を9月18~20日に指定。5回公判では被告人質問を、6~7回公判では鑑定人3人の証人尋問を行うことになった。


 さらに弁護側は、少年の供述がこれまでの判決の事実認定と一致するものから、現在のものに変遷した理由を解明するためとして、留置場への少年の出入りの状況を照会するよう裁判所に求め、裁判所もこれを認めた。留置場へ出入りした時間を調べれば、取り調べがどの日に何時間行われたかが分かる。つまり、供述調書の分量に比して取り調べ時間が短かければ、捜査側の言うがままの調書が作成された可能性を指摘できるわけだ。弁護側がまさにガチンコで、これまでの事実認定を覆そうとしていることが如実に分かる。

 

 

 これだけみると審理は弁護側のペースで進んでいるようだが、検察側もこの日、証人を申請し、採用された。これが、この差し戻し控訴審の主戦場といってもいい被害者2人の死因をめぐる法医鑑定をめぐる証人である。検察側も弁護側に負けじと、独自に法医鑑定を依頼していたのだ。

 みなさんすでによくご存知だろうが、弁護側立証の大きな柱となっているのが、「被害者2人の遺体に残された傷は、判決が認定した殺害態様とは一致しない」という法医鑑定である。てっきり検察側は、弁護側の主張を荒唐無稽と相手にしない構えをみせるのだと思っていたのだが、どうやら黙殺するわけにもいかない、いや黙殺できない、という判断になったということであろう。


 

 証拠整理を終えて閉廷したのは、14:20。閉廷後は、本村さん、弁護団双方の記者会見が開かれた。時間帯がかぶるので、フクトミは弁護団の方の会見に参加した。

 会見に出席した弁護人は、弁護団長、主任弁護人を含め5人。言うまでもなく、主役は主任の安田好弘弁護士である。この日の公判では弁護側請求の証人、証拠がおおむね採用されたわけだが、もちろん浮ついてなどはいない。

 

 「私たちがつかんだ真相を立証する機会が与えられた。そういう意味では非常に大きいけれども、まだ端緒に過ぎない」

 

 少年の供述が変遷した理由として調べ官に供述させられた側面を挙げると、すかさず「少年が弁護人の言うことに影響された可能性はないのか」という質問が出る。やんわりと尋ねてはいるが、要するに「被告人質問でしゃべったことは、弁護人の入れ知恵なんじゃないの」ってことであろう。それでも、

 

 「もちろんです。彼がわれわれが言うことにも影響を受けることを射程にいれた上で、われわれは彼の話を聞いている。そういう前提で話を聞き、反芻して真相に近づいていかなければならない」

 

と全く揺るがない。


 

 以前にも書いたように、フクトミ、証拠請求を行った初公判は広島に行けなかったもんだから、弁護側の立証構造がいまひとつピンと来ていなかった。だが、ようやくそれが見えてきた。ちょっと前までは早いとこ判決を出してくれよ、と思っていたくせに、1カ月後の集中審理第2ラウンドへの関心が高まってきたわけである。

 

 

では、続きはなるべく早急に(笑)、次回の更新で。

 

 

 


 

 

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2008/04/14 20:14

あれから9年の歳月が(山口県光市母子殺害事件考) [南雲研究室]

 

「光母子殺害、被告弁護団ら死刑回避訴える 22日に差し戻し控訴審判決」(iza!) 山口県光市母子殺害事件から9年の歳月が経った。 まずもって被害者のご冥福を改めてお祈りするとともに、ご遺族の皆さまへ哀悼の…