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Episode IV : Return Of The Emperor ニュース記事に関連したブログ

2012/04/03 02:48

 

多忙極まる年度末がようやく終わったと思ったら。

 


 いやほんとに年が明けて以来、自分が今どの裁判の原稿を書いているのか分からなくなるような日々を過ごしておりました。ざっと挙げてみると

 

   1月11日 福知山線脱線事故でJR西日本前社長の判決
      19日 明石歩道橋事故で強制起訴された元明石署副署長の初公判
   2月20日 光市母子殺害事件の上告審判決
      28日 奈良の警察官発砲付審判の判決
   3月 7日 東住吉区放火殺人事件の再審開始決定
      15日 平野区母子殺害放火事件の差し戻し審判決
      16日 大阪2児虐待死の下村早苗被告の判決
      28日 名張毒ぶどう酒事件発生から51年
      30日 犯人隠避罪に問われた元大阪地検特捜部長らの判決

 

…という感じ。実はこれ以外にも、

 

   3月16日 ミナミの引きずり死事件で無罪判決
      21日 寝屋川市の虐待死事件で求刑オーバー判決
      22日 郵便不正事件で逆転無罪判決
      23日 官房機密費情報公開訴訟で原告一部勝訴判決
      28日 泉南アスベスト国賠訴訟で原告勝訴判決

 

のように判決の内容によっちゃ小さな記事で収まったものが、ニュースバリューがでかくなる司法判断が示されててんやわんやしちゃっちゃったものもある。
 本来ならブログのネタに事欠かないわけだが、こんだけ続くと、とてもじゃないが日々の出稿をこなすだけで精一杯なんであしからず。

 

 

 


 で、きょうは、あの人である。かつて「帝王」と呼ばれたあの人

 

 

 実はここんとこ名古屋に出張にいけば今池のCyberseekers、東京ならば宇田川町のMothers Recordで散財してしまうフクトミの頭ん中で、「帝王」といえばすっかりマイルス・デイヴィスになっちゃってるんだが、そうではない。

 

 「食肉の帝王」こと浅田満被告(73)。きょうというか、すでにきのうの2日、最高裁で判決があったんである。
 で、上告審判決は破棄差し戻し。予想していたこととはいえ、また大阪の裁判所に帰って来ちゃうんだな、これが。
 

 フクトミが浅田被告の公判を取材したのは、1審全部と2審の途中まで。というか、毒物カレー事件の控訴審とハンナン牛肉偽装事件の公判が始まるんで裁判担になったようなもんである。その割には、弊ブログで浅田被告のことを書いたのは、平成19年2月14日付のエントリ

 

  ◇食肉の帝王、再び《在庫ネタ》

     http://fukutomim.iza.ne.jp/blog/entry/117565/

 

の1回こっきり。自分でも意外だが。
 とはいえ昔取った杵柄、ってやつで上告審判決にあわせてサイド原稿を書いたのだが、なんとニュースが多くてボツ。しかたないので、ここに貼り付けておこう。

 

 


〝外堀〟埋めて差し戻し勝ち取る

    ハンナン牛肉偽装の浅田被告

 

 浅田満被告は控訴審でも上告審と同様、証拠隠滅教唆罪の無罪を主張したが、「見つかった書類はコピーの可能性がある」と退けられていた。だが上告中に、実際に隠滅行為を行ったとされたグループ会社元取締役の再審無罪が確定。実行犯という〝外堀〟を埋めたことが、最高裁を動かすことにつながったといえる。
 浅田被告は1審では大筋で起訴内容を認めていたが、控訴審で弁護人が交代し、証拠隠滅教唆罪については「弁護人の調査で、廃棄されたはずの書類が見つかった」と無罪を主張。証人出廷した元取締役も「捜査段階では汚職の立件を狙って再逮捕を繰り返され、隠滅を認めてしまった」と証言したが、大阪高裁は認めなかった。
 ところが浅田被告の上告中に、元取締役は大阪地裁へ再審請求。検察側は争う姿勢を示したが、再審公判で無罪が言い渡されると控訴せず、無罪が確定した。
 この流れを受け、検察側は今年2月に開かれた浅田被告の上告審弁論で、教唆罪は無罪を言い渡すべきだと主張を改めていた。


 

 

 それにしても浅田被告の他にも、銃刀法違反事件の山口組元若頭補佐、滝沢孝被告(74)やら平野区母子殺害放火事件の森健充被告(54)やら、かつて裁判担だったころに取材した事件が、キャップになって戻ってきても差し戻しのおかげでまだ大阪で係争中というのは、なんというか。差し戻しは恐ろしい。ほんとうに驚くべきは、この3件の主任弁護人が同じ弁護士だという事実なのだが。

 

 だってそうでしょう。上告棄却が当たり前の最高裁を相手に破棄差し戻しをとるだけでたいへんなものだが、森被告の場合は2審が死刑判決。最高裁が事実誤認を理由に2審の死刑判決を破棄したのは、戦後わずか7件目のレアケースだ。

 滝沢被告の場合は、1、2審とも無罪だったのを最高裁に有罪方向で差し戻されてしまったわけだが、それでも差し戻し審で3度目となる無罪判決をきっちりとっている。なんというか、凄腕、なんて陳腐このうえない言葉では表現しきれない。

 

 


 …上告審判決についてなにも書かないうちに眠気が限界に達してきてしまった。あとは判決文をアップしてお茶を濁しておこう。

 

 

 うーん、たまったネタをどうしよう。

 

 


☆☆ 判 決 全 文 ☆☆
【主文】
 原判決を破棄する。本件を大阪高裁に差し戻す。
【理由】
 弁護人の上告趣意のうち、判例違反をいう点は事案を異にする判例を引用するものであって本件に適切でなく、その余は事実誤認、再審事由、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。
 しかしながら所論は、被告人は証拠隠滅を教唆したことはなく、そもそも証拠隠滅の事実がないのに、証拠隠滅教唆の事実を認定した1審判決を是認した原判決には事実誤認があると主張するので、職権により判断する。
■1 証拠隠滅教唆に関する1審判決の認定事実の概要
 本件のうち証拠隠滅教唆につき、原判決が是認した1審判決認定の犯罪事実の概要は、被告人が牛肉在庫緊急保管対策事業(以下「保管対策事業」という)等を利用して敢行した詐欺及び補助金適正化法違反に係る自己の刑事事件について、自己が代表取締役を務めるハンナンマトラス株式会社の取締役を教唆してその証拠を隠滅させようと企て、
  ①平成15年3月上旬ごろ、同社事務所で同人に対し、「羽曳食の書類の中に問題のありそうなものがあれば処分しときなさい」などと申し向けて上記刑事事件に関する書類の廃棄を依頼し、同人をしてその旨決意させ、よって、そのころ同所で、同人らをして羽曳野市食肉事業協同組合等の13年度分ないし14年度分の総勘定元帳、決算書、振替伝票、納品書及び請求書等の一部をシュレッダーにかけて裁断させ、
  ②16年4月14日ごろ、同社事務所で同人に対し、「事業に関する書類は全部処分しておきなさい」などと申し向けて上記同様の書類の廃棄を依頼し、同人をしてその旨決意させ、よって、同月15日ごろ、同所で,同人らをして、羽曳野市食肉事業協同組合等の13年度分ないし15年度分の決算書、振替伝票、納品書及び請求書等の一部をシュレッダーにかけて裁断させ、
もって、それぞれ証拠を隠滅させた、というものである。
■2 訴訟の経過
 記録により認められる本件訴訟等の経過は次のとおりである。
(1)被告人は1審公判では本件証拠隠滅教唆の事実を認めていたところ、1審判決は本件証拠隠滅教唆のほか、詐欺、補助金適正化法違反の各事実を認定し、被告人を懲役7年に処した。
 これに対し、被告人は詐欺の事実に関する事実誤認、法令適用の誤り、補助金適正化法違反の事実に関する事実誤認に加え、本件証拠隠滅教唆の事実に関する事実誤認、さらには量刑不当を理由に控訴するとともに、1審判決後に自宅の納戸にあった段ボール箱2箱の中から、隠滅対象として認定された経理関係書類の一部である
  ①13年度及び14年度の総勘定元帳
  ②13年度ないし15年度の決算書
  ③14年度及び15年度の振替伝票
  ④羽曳野市食肉事業協同組合宛ての13年度の納品書
  ⑤13年度ないし15年度の請求書
を含む、羽曳野市食肉事業協同組合等の経理関係書類(以下「被告人保管書類」という)を発見したとして、これらを証拠物としてその取り調べを請求するに至った。
 原判決は、被告人保管書類は複製されたものである可能性が高く、発見経緯に関する被告人らの説明も信用し難い上、正犯者である取締役らの供述の信用性に影響を与えないから事実誤認はないなどとして控訴を棄却した。
(2)他方、被告人から指示を受け本件証拠隠滅に及んだとされる取締役については、16年11月10日、証拠隠滅罪により懲役1年6月、執行猶予3年に処せられ、同月18日、判決は確定した。
 しかし、取締役は20年12月16日、確定判決後に隠滅したとされた経理書類等の一部が被告人方及び検察庁になお保管されていたことが明らかになったとして、再審請求に及んだ。大阪地裁は22年11月25日、被告人保管書類及び検察庁に保管された書類はいずれも本件で裁断したとされる書類の原本の一部であると推認され、これらの分量の多さからすると、これが本件で裁断したとされる書類に占める割合は相当に大きく、納品書等を含めた未発見の残部についても裁断されたとの判断を維持できず、証拠隠滅の事実は全体につき合理的な疑いを生じている旨判示して再審開始を決定した。
 再審公判において、検察官は被告人保管書類が原本であることを争わず、取締役らが裁断したのは被告人保管書類以外の経理関係書類、すなわち、
  ①食肉業者から羽曳野市食肉事業協同組合宛ての納品書
  ②羽曳野市食肉事業協同組合から大阪府食肉事業協同組合連合会等宛ての納品書控え
  ③食肉業者から羽曳野市食肉事業協同組合が買い受け、大阪府食肉事業協同組合連合会等に売却した食肉の入庫又は名義変更について通知するために、株式会社大阪食品流通センターが作成し、羽曳野市食肉事業協同組合宛てに送付していた書類
であると主張した。これに対し、大阪地裁は24年2月8日、羽曳野市食肉事業協同組合等の経理関係のあらゆる書類を裁断したとの取締役らの自白の信用性には疑問があり、検察官の主張する未発見の経理関係書類が優先的に裁断されたと考えることにも無理があるとして、取締役を無罪とした。この判決は検察官の上訴権放棄により同月10日確定した。
■3 当裁判所の判断
(1)
原判決が是認する1審判決において隠滅対象とされた書類は、羽曳野市食肉事業協同組合等の13年度分及び14年度分の総勘定元帳並びに13年度分ないし15年度分の決算書、振替伝票、納品書及び請求書等の一部である。「一部」の中に何が含まれているのか必ずしも定かでないが、少なくとも、具体的に例示されている同組合等の総勘定元帳、決算書、振替伝票、納品書及び請求書(以下「重要な経理関係書類」という)がこれに含まれるのは当然であって、被告人保管書類の中には、その標題等の体裁を見る限り、これらに該当するものが存在する。
 そして、被告人保管書類を見ると、金融機関が作成した当座勘定照合票、税務署の受付印が押された確定申告書、取引先の倉庫会社が作成した出庫重量報告書、名義変更完了通知書、電力会社等が作成した請求書、大阪府の収受印が押された総会議事録、法務局の印が押された登記簿謄本等、明らかに原本と認められる書類が多数含まれていること、総勘定元帳等には作成時期に応じて筆跡の異なる手書きの記載があり、日常業務の中で使用されていた形跡があることなどに照らすと、被告人保管書類の中の重要な経理関係書類は原本である可能性が極めて高い。
 1審判決の認定によれば、被告人は取締役に対し、15年3月上旬ごろには「羽曳食の書類の中に問題のありそうなものがあれば処分しときなさい」と、16年4月14日ごろには「事業に関する書類は全部処分しておきなさい」とそれぞれ指示したとされており、その趣旨は羽曳野市食肉事業協同組合等の経理関係書類をすべて処分するようにというものであるのに、上記のとおり、被告人の指示により廃棄したはずの重要な経理関係書類の多くが原本として存在している可能性が極めて高いのであって、少なくともその限度において廃棄行為の存在に重大な疑いがあり、ひいては被告人の指示により同組合等の経理関係書類を廃棄した旨の取締役らの供述の信用性に全体として疑問が生じるといわざるを得ない。
 なお、検察官は当審で、被告人保管書類は取締役らが廃棄したと認定された証拠の原本の一部である可能性を否定するのは困難であるとしながらも、当初は取締役の再審公判での上記主張と同様、なお未発見の経理関係書類が廃棄されたものと認められる旨主張していたが、その後、この主張を撤回し、取締役の無罪判決が確定していることなどからして、被告人に関する本件証拠隠滅教唆の事実についても無罪が言い渡されるべきである、との意見を述べるに至っている。
(2)以上によれば、被告人保管書類の中の重要な経理関係書類の原本性を否定し、これらの書類を取締役らが廃棄して隠滅したと認定した原判決は、判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認をした疑いが顕著であり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。なお、本件証拠隠滅教唆の罪は、詐欺、補助金正化法違反の各罪と刑法45条前段の併合罪の関係にあるとして有罪の判断がされ、判決がされたものであるから、上記違法は原判決の全部に影響を及ぼすものである。
■4 結論
 よって、刑訴法411条3号により原判決を破棄し、同法413条本文に従い、本件を大阪高裁に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。


 

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The Boy With The Thorn In His Side ニュース記事に関連したブログ

2012/02/25 04:16

 

最後に更新してから、はや5カ月余り。

 


 更新を怠るどころか、自分自身開いてみることすらない、という完全放置状態が続いていた弊ブログなわけですが。ところが、ここんとこ止むにやまれず、アクセスしておりました。山口県光市の母子殺害事件第2次上告審判決が近づいて、最高裁の担当にメモを送ったり当時の記憶を喚起したりする必要が生じたためであります。まあフクトミにとってこのブログは、取材メモを保管しているクラウドみたいな面があるもので。

 


 ところが、久々に覗いてみると、アクセス数が日に日に増えている。まあ、やっぱり光市事件に関心があってググってみたら、このブログが出てきたんでしょうねえ。
 そこで、何の因果か休眠状態のブログにたどりついてしまった方のために、20日の第2次上告審判決の全文をアップしておきます。ほぼ原文通りです。

 

 


 判決の中身は読めば一目瞭然というか、予想通りというか。あの犯罪事実と情状事情が認定されてしまえば、この結論以外はないんでしょう。あ、でも反対意見がつくとは思ってなかったな
 ただ、多数意見だけをみても、無期懲役判決を破棄した平成18年6月の第1次上告審判決に比べれば、死刑についての踏み込みは甘くなっているように思える。死刑と断じつつも、ちょっと腰が引けているというか。
 逆に言えば、やっぱりあれは突出していたというか、決定的なメルクマールとなる司法判断だったんだなあ、と6年近く経って改めて思う。あの前のめり感は尋常じゃない。

 

 

 

 さて、今後はおそらく再審請求になるんだと思う。まだ判決が確定していない段階でいうのもなんなのだが。確定処遇になって面会制限が厳しくなることも見据えての養子縁組なんでしょうしね。彼の場合、肉親の面会はあまり期待できないだろうし。

 

 ただ、言うまでもなく厳しいですよね、再審は。再審には「新規性」と「明白性」のある証拠が必要とされる。文句なしに真犯人が別にいることを証明した足利事件DNA鑑定が最も分かりやすい例だが。
 ところがこの事件の場合、犯人性は争っていない。犯行態様、ひいては殺意の有無が差し戻し控訴審以降の最大の争点だったわけで、殺意がなかったことを証明しうる新証拠というのは、フクトミにはちょっと思いつかない。いや、法医学的な鑑定以外ないだろうということは分かりきっているんだけど、それはすでに差し戻し控訴審で東京都監察医務院の上野正彦元院長と日本医科大大学院の大野曜吉教授の鑑定が提出されている。

 

 そもそも差し戻し控訴審の審理自体がある種、再審請求審みたいな感じで、弁護側から次々と新証拠が提出され、その大半が採用された。そのうえで広島高裁は弁護側の主張をことごとく退け、それが第2次上告審でも踏襲されているわけだから、これは厳しい。弁護側は、手持ちのカードはあらかた差し戻し控訴審で使い切っているはずだ。再審請求を見据えて切り札をとっておくなんてことはあり得ないので、当然といえば当然なのだが。

 

 


 ということで、われわれが記者会見に臨む本村洋さんを目にすることも、もうないのだと思う。それは、本村さんの言葉に生で触れるたびに心が震えるような体験をした者にとってある種の喪失感を伴うことだけれども、喜ぶべきことなんだと思う。そういう思いで、あの日は出稿作業に追われながらテレビの会見映像を見ていた。

 

 

 

 本当はもっといろいろ書かねばならんのでしょうが、この辺で。こんな時間に更新していることからもお分かりいただけるでしょうが、この週末も含めて仕事が立て込んでいるもので。1万字の字数制限にもギリギリですしね。

 

 では、またいつか。

 

 

 


☆☆ 判 決 全 文 ☆☆
【主文】
 本件上告を棄却する。
【理由】
■裁判官3人の多数意見
 弁護人の上告趣意は憲法違反、判例違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。
 なお、所論に鑑み記録を調査しても、刑訴法411条を適用すべきものとは認められない。
 付言すると、本件は犯行時18歳の少年であった被告人が山口県光市内のアパート一室で、
(1)当時23歳の主婦を強姦しようと企て、背後から抱きつくなどの暴行を加えたが、激しく抵抗されたため、同女を殺害した上で姦淫の目的を遂げようと決意し、その頸部を両手で強く絞めつけて同女を窒息死させて殺害した上、強いて姦淫した殺人、強姦致死
(2)当時生後11カ月の被害者の長女が激しく泣き続けたため、(1)の犯行が発覚することを恐れ、同児の殺害を決意し、床にたたきつけるなどした上、首に所携のひもを巻いて絞めつけ、同児を窒息死させて殺害した殺人
(3)現金などが在中する被害者の財布1個を窃取した窃盗
からなる事案である。
 (1)(2)の各犯行は、被害者を殺害して姦淫し、その発覚を免れるために被害児をも殺害したのであって、各犯行の罪質は甚だ悪質であり、動機および経緯に酌量すべき点は全く認められない。強姦および殺人の強固な犯意の下で、何ら落ち度のない被害者らの尊厳を踏みにじり、生命を奪い去った犯行は、冷酷、残虐にして非人間的な所業といわざるを得ず、その結果も極めて重大である。
 被告人は被害者らを殺害した後、遺体を押し入れに隠すなどして犯行の発覚を遅らせようとしたばかりか、被害者の財布を盗んで(3)の犯行に及ぶなど、殺人および姦淫後の情状も芳しくない。遺族の被害感情は峻烈を極めている。被告人は原審公判では、本件各犯行の故意や殺害態様等について不合理な弁解を述べており、真摯な反省の情をうかがうことはできない。平穏で幸せな生活を送っていた家庭の母子が白昼、自宅で惨殺された事件として、社会に大きな衝撃を与えた点も軽視できない。
 以上のような諸事情に照らすと、被告人が犯行時少年だったこと、被害者らの殺害を当初から計画していたものではないこと、前科がなく、更生の可能性もないとはいえないこと、遺族に謝罪文と窃盗被害の弁償金等を送付したことなどの被告人のために酌むべき事情を十分考慮しても、被告人の刑事責任は余りにも重大であり、原判決の死刑の科刑は当裁判所も是認せざるを得ない。
 よって刑訴法414条、396条により、宮川光治裁判官の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお金築誠志裁判官の補足意見がある。
■金築誠志裁判官の補足意見
 私は多数意見に賛成するものだが、宮川裁判官の反対意見に鑑み、若干の意見を付加しておくこととしたい。
 反対意見の結論は、再度、量刑事情を検討して量刑判断を行う必要があるから、その点の審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すことが相当というものである。
 そこで原審の審理経過をみてみると、被告人が第1次上告審に至り従前の供述を翻して、犯行の態様、故意等について新たな供述を始めたため、原審では12回にわたって公判が開かれ、多数の書証、証人等が取り調べられたほか、詳細な被告人質問が実施された。弁護人請求の証拠で却下されたものもあるが、重要な証拠であるにもかかわらず却下したのは不当だとして異議が申し立てられたものはない。
 取り調べた証拠の立証趣旨は犯行態様、故意等のいわゆる罪体に関するものが多いが、そうした証拠の中にも、同時に、反対意見が問題とする犯行時の被告人の精神的成熟度をみる上でも重要な意味を持つものが少なくない。特に被告人の生育歴、生育環境と被告人の精神的発達度、犯行時の心理状態等については、弁護人の請求により加藤幸雄(日本福祉大教授)作成の犯罪心理鑑定報告書および野田正彰(関西学院大教授)作成の精神鑑定書が取り調べられ、各作成者の証人尋問も行われている。また第1審および差し戻し前の控訴審では、当時は被告人が起訴内容を全面的に認めていたため、主として量刑事情に焦点を当てた審理が行われ、少年調査記録中の鑑別結果通知書および少年調査票も取り調べられている。
 もっとも、上記犯罪心理鑑定書が提示する「母胎回帰ストーリー」を、原判決は排斥している。「母胎回帰ストーリー」は、被告人は母子一体の世界を希求する気持ちが大きかったところ、被害児を抱く被害者の中に母親類似の愛着的心情を投影し、甘えを受け入れて欲しいという感情から抱きついたのが犯行の発端であり、被害者を殺害後に姦淫したのも自分を母親の胎内に回帰させる母子一体化の実現であるなどとするものだが、この見解は被告人の新供述を前提としている。
 しかし、新供述が基本的な部分で信用できないことは、原判決が詳細、適切に検討しているとおりで、反対意見においても、被告人の弁解は不合理であり、「母胎回帰ストーリー」は採用できないとされている。また、野田鑑定書も犯行の動機、経緯について、被告人の新供述を前提として考察を加えている。したがって、母親の自殺、父親の暴力等が被告人の人格形成に大きな影響を与えたことは被告人のために酌むべき事情であるが、上記鑑定書等によって直接これを犯行の動機等に結びつけることは相当ではない。
 原判決は生育環境に上記のような同情すべきものがあったこと、知能水準は中程度であって知的能力には問題がないが精神的成熟度は低いことを認定した上、独りよがりな自己中心性が強いことや、衝動の統制力が低いことなど、被告人の人格や精神の未熟が本件犯行の背景にあることは否定しがたいとしつつ、本件犯行の罪質、動機、態様、結果に鑑みると、これらの点は量刑上十分考慮すべき事情ではあるものの、被告人が犯行時18歳になってまもない少年であったことと合わせて十分斟酌しても、死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情であるとまではいえないと判断している。原審は被告人の人格形成上の問題、精神的成熟度について審理することを怠ってはいないし、判決でこれを等閑視しているわけでもない。
 反対意見は、精神的成熟度が少なくとも18歳を相当程度下回っていることが証拠上認められるような場合は、第1次上告審判決がいう「死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情」が存在するとみることが相当だとし、原審はこの観点からの審理・検討が不十分だとするものである。
 しかし、精神的成熟度が18歳を相当程度下回っているかどうかを判断するためには、18歳程度の精神的成熟度とは、どのような精神的能力をどの程度備えていなければならないか、どのような要件を満たすものでなければならないかを明らかにした上で、それとの乖離の程度を判定しなければならないが、人の精神的能力、作用は極めて多方面にわたり、それぞれの発達度は個人個人で偏りが避けられないものであるのに、果たしてそのような判断を可能にする客観的基準や信頼し得る調査の方法があるのだろうか。少年法51条1項が死刑適用の可否につき定めるのは18歳未満か以上かという形式的基準であり、精神的成熟度および可能性の要件を求めていないことは、反対意見にもあるとおりであり、少年法その他の規定で年齢が要件となっているものの中にも、実質的な精神的成熟度を問題にしている規定はない。本件の第1次上告審判決はもちろん、いわゆる永山事件最高裁判決も、精神的成熟度が18歳未満の少年と同視し得るかどうかを判別して、死刑適用の可否を判断すべきことを求めているものとは解されない。
 精神的成熟度は、いわゆる犯情と一般情状とを総合して量刑判断を行う際の、一般情状の要素として位置づけられるべきものであり、そのような観点から量刑に関する審理・判断を行った原審に、審理不尽の違法があるとすることはできない。
■宮川光治裁判官の反対意見
 私も多数意見と同じく、被告人の本件行為は、(1)被害者に対する殺人、強姦致死(2)被害児に対する殺人(3)窃盗、にそれぞれ該当すると考える。被告人の弁解は不合理であり、遺族が峻烈な被害感情を抱いていることは深く理解できる。被告人の刑事責任は誠に重い。
 私が多数意見と意見を異にするのは次の点である。
 被告人は犯行時18歳に達した少年だが、その年齢の少年に比して精神的・道徳的成熟度が相当程度に低く、幼いというべき状態だったことをうかがわせる証拠が本件記録上少なからず存在する。精神的成熟度が18歳に達した少年としては相当程度に低いという事実が認定できるのであれば、そのことは本件第1次上告審判決がいう「死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情」に該当し得ると考える。また、精神的成熟度が相当程度低いという事実が認定できるのであれば、強姦の計画性を含め本件行為の犯情等の様相が変わる可能性がある。以下、詳述する。
 いわゆる永山事件の差し戻し前控訴審は、被告人が劣悪な生育環境であったことをとらえ、「犯行当時19歳であったとはいえ、精神的な成熟度においては実質的に18歳未満の少年と同視し得る状況にあったとさえ認められるのである」として、これを量刑判断の一事情として1審の死刑判決を破棄し、無期懲役を言い渡した。これに対し、最高裁は犯行時19歳3カ月ないし19歳9カ月の年長少年であった「被告人の精神的成熟度が18歳未満の少年と同視し得ることなどの証拠上明らかではない事実を前提として、本件に少年法51条の精神を及ぼすべきであるとする原判断は首肯しがたい」として、破棄し差し戻した。この最高裁判決は、被告人の精神的成熟度が18歳未満の少年と同視し得ることが証拠上明らかな場合に少年法51条の精神を及ぼすことができるかどうかについては否定していない。
 本件第1次上告審判決は被告人の生育環境について、「実母が被告人の中学時代に自殺したり、その後実父が年若い外国人女性と再婚して本件の約3カ月前には異母弟が生まれるなど、不遇ないし不安定な面があったことは否定できないが、高校教育も受けることができ、特に劣悪だったとまでは認めることができない」とした上、「結局のところ、本件において斟酌するに値する事情といえるのは、被告人が犯行当時18歳になってまもない少年であり、その可塑性から改善更生の可能性が否定されていないということに帰着する」が、そのことは「相応の考慮を払うべき事情ではあるが、死刑を回避すべき決定的な事情であるとまではいえ」ないとしている。第1次上告審判決は、被告人の生育環境が特に劣悪であったとまでは認められないとし、被告人が18歳になってまもないということでは死刑を回避する決定的事情とはなり得ないといっているのであり、被告人の精神的成熟度が18歳未満の少年と同視し得る状態であったことが証拠上認められる場合に、それが「死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情」に該当するということを、否定してはいない。
 もっとも、原判決が指摘しているとおり、少年法51条1項は死刑適用の可否につき18歳未満か以上かという形式的基準を設けているのであり、精神的成熟度および可塑性の要件を求めていないのであるから、精神的成熟度が不十分であるからといって少年法51条1項を準用し死刑の選択を回避すべきだということには、直ちにならない。
 しかしながら、「少年司法運営に関する国連最低基準規則(北京ルールズ)」(1985年)は少年保護の基本理念に基づいて、「死刑は、少年が行ったどのような犯罪に対しても、これを科してはならない」としているのであり、留保的表現がなく、およそ少年について死刑の選択は許さないという考えが明瞭である。18歳以上の少年に死刑を認める少年法51条1項は、この趣旨に合わない。もっとも、北京ルールズは国連総会で採択された決議に過ぎず、法的拘束力はない。北京ルールズ自らも「この規則の実施は各加盟国の経済的、社会的・文化的条件に応じて進められなければならない」としている。我が国は指導理念としてこれを尊重し、実現に向けて努力すべきであり、少なくとも少年法51条1項は死刑を出来る限り回避する方向で適用されなければならないと思われる。
 また、刑法41条は14歳未満の者の行為は罰しないとしており、16歳未満の者は故意の犯罪行為により被害者を死亡させた場合であっても家裁から検察官へ原則送致はされない。これらの背景には、行為規範の内在化が特に進んでいない年少少年の行為については、刑法的に非難することは相当でなく、刑罰による改善効果も威嚇効果(犯罪防止効果)も期待できないという考えがあると思われる。
 以上を総合して考えると、精神的成熟度が少なくとも18歳を相当程度下回っていることが証拠上認められるような場合は、死刑判断を回避するに足りる特に酌量すべき事情が存在するとみることが相当である。
 少年刑事事件の審理においては、少年法50条、9条や刑訴規則277条により「少年、保護者または関係人の行状、経歴、素質、環境等について、医学、心理学、教育学、社会学その他の専門的知識、特に少年鑑別所の鑑別の結果を活用」するよう努めることが要請されている。この専門科学的解明の要請は、本件のように死刑を適用するかどうかが争点となっている事件では、特に強く働くといわなければならない。
 本件では少年調査記録のうち鑑別結果通知書と少年調査票が取り調べられている。鑑別結果通知書の総合所見は、被告人の「内面の未熟さが顕著である」とし、自殺した「母親と父親からの見捨てられ感は強烈」だとしている。少年調査票の家裁調査官3名の意見は、小学校入学前後から激しくなった両親のいさかい、父親の暴力、被告人の被虐意識、中学1年時の母親の自殺等が被告人の精神形成に影響を与えたことを示している。父親の暴力は、1審、第1次控訴審、第1次上告審では取り上げられていないが、12歳時の母親の自殺とともに、この事実が被告人の幼少年期において与えた影響をどう評価するかは、本件の重要なポイントでもあると思われる。
 以上について、原判決は同情すべきものがあり、人格形成や健全な精神の発達に影響を与えた面があることも否定できないが、「経済的に何ら問題のない家庭に育ち、高校教育も受けることができたのだから、生育環境が特に劣悪であったとはいえない」とするにとどめている。
 しかしながら、家裁調査官は「3歳以前の生活史に起因すると思われる深刻な心的外傷体験や剥奪、あるいは内因性精神病の前駆等により人格の基底に深刻な欠損が生じている可能性も疑える」と記述しているのであり、鑑別結果通知書でも、顕著な内面の未熟さのほか、幼児的万能感の破綻、幼児的な自我状態が指摘されている。そして、家裁調査官は心理テスト(TAT:絵画統覚検査)結果の解釈として、「いわゆる罪悪感は浅薄で未熟であり、発達レベルは4~5歳と評価できる」と記述し、バウムテスト(ツリーテスト)でも「幼稚で自己愛が強く」と記述している。
 これについて、原判決は「TATの結果のみから精神的成熟度を判断するのは相当でない上、前後の文脈に照らすと、この記載は主として被告人の罪悪感に関する発達レベルを評価したものと解される」と述べているが、それ以上の付言はない。罪悪感に関する発達レベルとは、行為規範の内在化がどの程度進んでいるかということであり、行為の是非を弁別する能力の発達レベルそのものであろう。それは、精神的成熟度の重要な指標と考えるべきものでもあろう。「4~5歳」との評価には疑問もあるが、家裁調査官の認識は、被告人においては行為規範の内在化はかなり遅れており、人格的成長は幼いというものだったと思われる。原審では、これら少年調査記録の内容を基に、被告人の人格形成や精神の発達に何がどのように影響を与えたのか、犯行時の精神的成熟度のレベルはどのようなものだったかを分析し、測るという作業が必要だった。
 本件では、被告人側から、加藤幸雄教授の「犯罪心理鑑定報告書」と野田正彰教授の「精神鑑定書」が証拠として提出されており、2人の証人尋問が行われている。前者は、それぞれ2時間前後をかけた8回の被告人面接調査を行い、いくつかのテストを実施したほか、父親に4回、母親の妹、義母、高校時代の指導教員、同級生2名にそれぞれ1回の面接調査を行い、各判決書、公判記録、捜査段階の調書、書簡等の資料、前記少年調査記録を参照した上での、犯罪非行臨床心理学の専門家としての知見に基づく鑑定報告である。後者は、被告人とそれぞれ2時間をかけて3回の面接調査を行い、父親、友人1名、被告人の祖母および母親の妹に面接調査を行い、その他捜査段階の調書を除く前記資料を参照した上での、精神医学、とりわけ青少年の精神病理に関する研究者・医師としての専門的知見に基づく鑑定報告である。
 加藤鑑定における「母胎回帰ストーリー」という動機が存在するという鑑定意見は採用できない。しかし、被告人が母親の自殺による急激な自己愛剥奪の影響を強く受けていること、父親との関係での被虐待経験の後遺症があること、身体的性の成熟に対してそれを統制できる精神的成熟が著しく遅れていること、人格の統合性、連続性が乏しく、社会的自我の形成がなされていなかった等の意見は、無視できない説得力を有していると思われる。
 また、野田鑑定意見のうち、被告人の人格的発達は極めて幼いこと、その原因は、被告人が父親の暴力に母親とともにさらされ、その恐怖体験が持続的な精神的外傷となっており、またそうした暴力を振るう父親に恐怖しながら、強い父親に受け入れてもらいたいという矛盾する感情に引き裂かれていること、こうした生育歴の中で被告人は同年齢の者よりも幼い状態だったが、12歳のころ、母親が苦しみ抜いて自殺したことを目撃するという強烈で決定的な精神的外傷体験があり、この結果として、被告人の精神的発達はこの時点の精神レベルに停留しているところがあるという意見は、説得力があると思われる。
 2つの鑑定意見は、被告人が述べることのみによらず総合的に判断しているとみることができるが、相互に関連し合い、前記少年調査記録とも相応している。
 原判決は、被告人がそれまでの供述を原審で翻し、虚偽の弁解を弄しているとして厳しく批判し、このこと自体、被告人の反社会性が増進したことを物語り、改善更生の可能性を大きく減殺する事情といわなければならないと指摘している。
 私も、被告人の原審における供述態度を誠に残念に思う。しかし、人は関係の中でしか成長しないのであって、人間的成熟が12歳かそれを幾ばくか超えたところで停滞しているのであれば、その状態で教育的処遇を受けることなく、勾留の歳月を8年、9年と過ごしたとして、反省・悔悟する力は生まれない。不合理で破綻しているとしかみることができない弁解に固執していることは事実だが、これを原判決のように「反社会性が増進した」と厳しく批判するのは酷であろう。
 被告人は適切な処遇を得れば、時間を必要とするが、自己を変革し犯した罪と正しく向き合うよう成長する可能性があるとみることもできるのであり、前記鑑別結果通知書も、被告人について、公判段階を通じ、被害者の苦悩についての厳しい現実等に直面させる中で、真に贖罪の気持ちを喚起させることが必要であるが、その作業は事件の重さに応じた相応の期間を要し、また、精神的サポートを受け、ある程度安定した状態にないと困難であるため、定期的なカウンセリングが望まれるとしている。記録によると、被告人は精神安定剤を多量に服用するという日々が続いていたことがうかがわれるが、平成16年2月、自ら進んで教戒師による教戒を受け始める等、年月を経て、現在は次第に事実と向き合い、贖罪の気持ちを高めつつあることをうかがうことができる。
 被告人の精神的成熟度が相当程度低いと認定できるのであれば、本件犯行の犯情(計画性、故意の成立時期等)および犯行後の行動に関わる情状についての理解も変わってくる可能性がある。本件は、被告人の人格形成や精神の発達に何がどのような影響を与えたのか、犯行時の精神的成熟度のレベルはどのようなものであったのかについて、少年調査記録、加藤鑑定および野田鑑定を的確に評価し、さらには必要に応じて専門的知識を得る等の審理を尽くし、再度、量刑事情を検討して量刑判断を行う必要がある。したがって、原判決は破棄しなければ著しく正義に反するものと認められ、本件を原裁判所に差し戻すことを相当とする。

 

 

 

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「更生に資する刑事弁護」

2011/09/14 03:25

 

久々にゲラ検をしないで、ゆったり晩メシを食える夜だと思っていたのですが。

 


 ここんとこバタバタしっぱなしのフクトミです。今月6日には5人が犠牲になった大阪市此花区のパチンコ店放火殺人事件の初公判、12日には大阪地検の元特捜部長らによる犯人隠避事件の初公判、と大きな裁判続きで、連載やら特集やらの出稿に追われていました。で、初公判が終わっただけとはいえ、ちょっと一息つけるな、と思っていたわけです。

 

 

 

 

 ところが、夜7時ごろ、奈良支局のデスクから電話をもらった。

 

 訃報である。亡くなったのは、奈良弁護士会の高野嘉雄弁護士だった。享年64。

 きょう14日付の朝刊には、以下のような死亡記事が掲載される。

 


 高野嘉雄氏(たかの・よしお=弁護士、元日本弁護士連合会副会長)13日、心不全のため死去、64歳。通夜は14日午後7時、葬儀・告別式は15日正午、奈良市佐保台1の3574の4、ならやま会館で。喪主は妻、良子(りょうこ)さん。
 京大法学部卒業後、昭和49年に弁護士登録。甲山事件やスモン薬害訴訟の弁護団に加わったほか、平成9年に起きた奈良・月ケ瀬の女子中学生殺害事件や16年の奈良市小1女児誘拐殺人事件で弁護人を務めた。

 

 

 

 


 なんでだろう。そのうち奈良で事件があったら、またお会いできると思っていたのに。また法廷で、あの厳しくて、かつ優しさとユーモアに満ちた尋問を聞けると思っていたのに。

 

 


 高野弁護士というと、弊ブログで取り上げた事件でいえば、奈良市小1女児誘拐殺人事件や、奈良県田原本町の医師宅放火殺人の供述調書漏洩事件の主任弁護人である。平成21年1月15日付のエントリ「T.K.O.」(http://fukutomim.iza.ne.jp/blog/entry/873454/)で、草薙厚子氏に「命をくれとは言わないから、筆を折ってくれないか」と迫っているのが、高野弁護士だ。
 それ以外にも著名な事件を多く手がけていて、奈良弁護士会に移ってからならば、奈良県月ヶ瀬村の女子中学生殺害事件でも主任弁護人だった。

 大阪弁護士会所属のころはまさに数え切れないほどで、甲山事件狭山事件の弁護団にも参加していたし、ご本人は、昭和50年代、逮捕された少年が冤罪と判明した大阪市東淀川区の強盗殺人事件が思い出深いとおっしゃられていた。

 


 フクトミももちろん、ブログで取り上げた事件で高野弁護士をなんども取材したが、いちばん印象に残っているのは、実は法廷外の姿だったりする。
 5年余り前だったと思うが、奈良市内で奈良弁護士会が開いた小さな講演会というか、勉強会だった。そこで、高野弁護士が「更生に資する刑事弁護」と題してスピーチしたのである。

 

 もともと「更生に資する刑事弁護」というのは、奈良弁護士会がつくった小さな冊子のタイトルだ。その冊子も当時の取材ノートも自宅の段ボールの中なので、あいまいな記憶に基づいて記しているのだが、大学を退職した後、奈良弁護士会に所属した繁田実造という弁護士を追悼してつくられたものだった。かなり年齢を重ねてからの新人弁護士だったわけだが、国選事件を中心に、実に丁寧な弁護活動をしていたという。その繁田弁護士のモットーが「更生に資する刑事弁護」で、それは高野弁護士の理念でもあったというわけだ。

 


 スピーチで、高野弁護士は概略、以下のようなことを話されていた。

 

 「私は、犯罪は社会の中にある矛盾に翻弄された人間によって起こされると考えている。だから裁判では、この事件が社会の歪みの一断面だということを、裁判所に理解してもらうべく弁護に取り組んでいる」

 「一方で、社会の責任を明らかにするだけでなく、被告人本人には自身の責任をちゃんと自覚させることも必要だ。そこから、被告人の更生も始まる。単に被告人の刑を軽くする弁護ではなく、単に被告人が処罰される判決ではなく、被告人が生き直しのきっかけをつかむような弁護であり、裁判でありたい」

 

 そして、ある著名な殺人事件の弁護人だったときのことを「『君の言ってることはどう考えてもおかしい。嘘をついとるんやったら、ちゃんと本当のことを話さんと、君はここから前に進めんぞ』と言ったら、解任されてしまいました」と振り返って苦笑いしたのだった。

 

 

 


 弁護士でもないフクトミが言うのもなんなのだが、刑事弁護というのは難しい。

 

 被告人の利益になるなら、合法なことはなんでもやる、という原理主義もある。
 ヤメ検さんのように、「とにかく罪を認めるんや。そうすれば保釈もとったるし、執行猶予もつけたる」というのもある。

 

 しばしば見かける、まったくやる気が感じられない弁護人は論外としても、いろんな弁護人がいていろんなやり方があり、どれが正解と言い切れるものではないと思う。

 

 

 それでも、高野弁護士のスタイルというのは、刑事弁護の理想型ではないか。亡くなったから言うわけではないが、そう思う。

 


 

 

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彼らが口にしなかったこと ニュース記事に関連したブログ

2011/07/26 05:12

 

夜ともなればひっそりと静まり返るにしてんま界隈が、きのう24日、きょう25日はとても賑やかです。

 


 そう、大阪の夏の恒例行事、天神祭がすぐ近くで行われているからなんですね。しかし祭りとなると、ふだんはどこにいるのか分からないヤンキーがつぎつぎ湧き出てくるのは、どうした習性によるものなんだろう。彼ら彼女らにとって、祭りとは誘蛾灯のようなものなのか。ついさっきも、何台ものバイクの爆音が響き渡っていたんだが。

 


 さて、ほとんどの大阪府民にとって「7月25日」といえば天神祭なわけですが、ことフクトミに限っては違います。和歌山の毒物カレー事件が起きた日。あれから13年になるわけですが、生涯、忘れようにも忘れられない日です。だからこそ、こうして更新しているわけです。

 

 ということで、7月26日付朝刊(大阪本社発行版)には下記のような原稿を出しました。

 


「鑑定紙コップは別物」

   毒物カレー事件弁護団が主張  再審請求審

 

 平成10年に4人が死亡した和歌山の毒物カレー事件で、殺人などの罪で死刑が確定した林真須美死刑囚(50)の弁護団が再審請求審で、鑑定によりヒ素が検出された紙コップは事件現場で発見されたものとは別だと主張していることが25日、分かった。事件発生から13年となるのにあわせ、この日、大阪市内で開かれた支援者集会で明らかにした。
 確定判決は、事件現場で発見された青色紙コップからヒ素を検出した鑑定結果などに基づき、林死刑囚がこの紙コップを使って自宅にあったヒ素をカレー鍋に混入したと認定している。
 しかし、事件現場で発見され、その後保管されていた紙コップを今年3月、弁護団が和歌山地検で実際に見たところ、薄黄色をしており、鑑定に用いられた紙コップとは明らかに別の物だったという。
 また、林死刑囚宅の台所で発見され、ヒ素が付着していたプラスチック容器についても、底には土砂や植物が付着しているなど屋外で使用されていたと考えられるという。弁護人は「容器はどこか別の場所から捜査機関によって持ち込まれた可能性がある」と指摘している。
 弁護団はこれらの主張を補充書にまとめ、今年5月31日付で和歌山地裁へ提出。林被告は21年5月に死刑が確定したが、無実を訴え、同年7月に再審請求している。


 

 

 そう、林眞須美死刑囚(50)の支援者集会がこの日、大阪市中央区のエル大阪で開かれたわけである。

 この集会、いつもゲストスピーカーが招かれているのだが、その後、弁護団から再審請求審の現況が報告される。こんな感じ。

 


 今回の場合は5月31日付で和歌山地裁に提出された補充書の内容がメーンで、それに基づく記事が上記のものである。
 弁護団も、提出した書面にはあまり断定的なことまで記してはいないのだが、彼らの言わんとするところは、紙コップもプラスチック容器も捜査機関が捏造したんじゃないの、というところであろう。プラスチック容器でいえば、ぶっちゃけ、どこかの白アリ駆除の現場で使われてたものを台所に置いたんでしょ、ということだ。
 問題の紙コップとプラスチック容器がどんなものかは、平成16年10月4日付のエントリ

 

 ◇8回目の「10月4日」 (http://fukutomim.iza.ne.jp/blog/entry/50488/

 

に写真を掲載しているので、そちらをご覧いただきたい。弁護団の主張の当否はおくとしても、証拠開示させて実物に当たってみるというのは、目からウロコである。

 


 まあ、特捜検事が押収品のフロッピーディスクを改竄したことが明らかになってしまう昨今である。ひと昔前なら有無を言わさず門前払いだった主張も、今なら多少は裁判所に聞く耳をもってもらえるかもしれない。
 ただ、それもこれも1審ならば、であろう。2審でも厳しいところが、いま争っているのは、開かずの扉の再審請求審である。これで扉が開くとはとうてい思えない。そんなことはフクトミなんぞより弁護団のほうが百も承知なわけで、だからこそ、この日の集会でも「今後も証拠開示を求めていかねばならない」という現状認識なのであろう。

 


 ま、時間も時間なんで、弁護団の詳しい主張はまた改めてちゃんと記してみたいと思う(といって、何年間も放置したままになっているネタが山ほどあるわけだが)。

 

 

 

 

 

 

 今回の更新の本題は、ここからである。

 


 この集会にあたって、フクトミがひそかに注目していた点があった。弁護団がこの1年間の活動を報告するのは分かりきっている。とても休んでいる人たちではない。なんらかの成果を1年の間に残しているであろうことは容易に想像がつく。注目していたのは、そんなことではない。

 


 集会の間、ほんのひとことでもいい。参加者の誰かから、犠牲者を悼む言葉があるか否か。

 


 だって、7月25日なんである。支援者集会は例年7月のこの時期に開かれているが、事件発生日である25日は初めてだ。
 しかも、集会が始まったのは18時45分である。13年前には夏祭りの会場で、カレーを口にした人たちが突き上げるような嘔吐にさいなまされていたころだ。

 

 

 きっとないんだろうなあ、とは思っていた。一方で、もしあったなら、この集会も案外捨てたもんじゃないかも、とも思っていた。

 


 こうした事件で支援を声高に叫ぶ人たちにとっては、冤罪に苦しんでいる人も、事件の犠牲者といえるのかもしれない。そういった面があることは分からないでもない。きせられた汚名も、奪われた年月も。だからこそ、名張毒ぶどう酒事件を追いかけてみたりするのだが。

 

 

 

 だが、やっぱり違うと思うのだ。

 

 フクトミがことあるごとに小林篤氏の著作「幼稚園バス運転手は幼女を殺したか」(草思社、講談社文庫版は『足利事件 冤罪を証明した一冊のこの本』に改題)を絶賛するのは、なにもこの著作が15年も前に足利事件が冤罪であることを指摘していたからだけではない。丹念な取材と、綿密な論証に基づいて書かれているからだけでもない。いや、それだけでも、とんでもないレベルのノンフィクションなのだが。
 やはり、この作品を別格のものとしているのは、最終章で著者が被害者遺族と向き合おうとしているからだと思う。菅家利和さんの無実を解き明かしていく一方で、いや、だからこそ、犠牲者の耐え難き苦痛を、遺族の癒えることのない悲しみを、決して忘れていないからである。

 

 


 結局、2時間余りの集会の中で、犠牲者について触れられることは一度もなかった。会場にいた数十人の人たちは、眞須美死刑囚の雪冤のみを一心に考えているようにみえた。

 

 


 取材者とはいえ、きょう、あの場にいた1人として、どうしても夜が明ける前にこれだけは記しておきたかった。

 

 13年前の夏に亡くなった谷中孝寿さん、田中孝昭さん、林大貴(ひろたか)くん、鳥居幸(みゆき)さん。どうか、どうか、安らかに。

 

 

 

 


 さて、こんな時間になってしまった。あす、というかあと9時間もすれば、死刑事件の控訴審判決が大阪高裁で言い渡される。平成20年に大阪市で起きた個室ビデオ店放火殺人事件である。


では、また。

 

 

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恥ずかしながら、帰って参りました

2011/07/04 02:00

 

半年ぶりの更新は…。例によって異動のお知らせです。

 


 最近、こんな事務連絡のときにしか更新していないような気がするんですが、フクトミ、またも異動になりました。といっても辞令を伴うものではなく、単なる持ち場替えなんですが。

 

 で、大阪府警を出た後の行き先は、なんと大阪司法記者クラブです。以前に大阪府警を担当していたときと同じコースです。4年ぶりのにしてんま村への帰村であります

 

 異動は先週末の7月1日付でして、さっそく裁判所内をうろうろしたりしてみたんですが、古巣というのはいいもんですな。いやあ、地下の売店のおっちゃんも、書店のおばさんも、4年前とおんなじだ。なじみの弁当屋のお姉さんはかわってたけど。

 


 ということで、4年ぶりに「にしてんま傍聴日記」というタイトルに偽りなしのブログに戻ります、と言いたいところなんですが、なかなかそうは問屋が卸しません。今度はキャップという立場なので、以前のように好き勝手傍聴しまくるという訳にもいかないからです。
 

 とはいえ、異動してもずーっと何年も放置したまんまだったプロフィール欄を差し替えてみました。地味な(笑)ブログ更新への意欲だと受け止めてやってくださいませ。

 


では。

 

 

 

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TIME FLIES... 1961 - 2011

2011/01/14 16:27

 

明けまして…とはもう言えない時期になっての今年初更新です。

 


 今年初めてどころか、昨年10月に異動以来の更新になるわけですが。具体的に何をしたというわけではなくとも、何となく気ぜわしい日々が続いております。まあ、そういう持ち場だし。それに大阪に戻ってきても、例の中国船衝突事故の映像流出事件やら福知山線脱線事故のJR西日本前社長初公判やらで、なんどか神戸に出張したりもしております。

 

 で、きょうの更新は〝本業〟とは関係ありません。イザ!にもアップはされていますが、きのう1月13日の夕刊1面(大阪本社発行版)に、以下のような記事を出しました。

 

 


名張毒ぶどう酒事件 奥西死刑囚「今年こそ再審を」
   あす85歳 支援者「時間との闘い」
 

 三重県名張市で昭和36年に女性5人が死亡した名張毒ぶどう酒事件で、殺人などの罪で死刑が確定し、無実を訴えて再審請求している奥西勝死刑囚(84)‖名古屋拘置所在監‖が14日、85歳の誕生日を迎える。今年3月で事件発生から半世紀。1審の無罪判決から一転、高裁で極刑を言い渡されて始まった獄中生活は、すでに40年を超えた。しかし、足利事件をはじめとした冤罪事件が相次ぐ中、面会に訪れた支援者に「今年こそは、再審で冤罪を晴らしたい」と話しているという。
 奥西死刑囚と定期的に面会しているのは、事件現場に近い奈良県山添村に住む奥谷和夫さん(56)。死刑囚は外部との交流が著しく制限されるが、親族以外で面会が許されている特別面会人4人のうちの1人。昨年12月13日、奥西死刑囚の妹(82)らと3人で名古屋拘置所を訪れた。
 面会室に現れた奥西死刑囚はこの日、散髪したばかり。逮捕当時、黒々としていた髪には白いものが増え、かなりやせた。「暖房がまだ入らない」と、差し入れのセーター2枚を重ね着していた。高齢の割には元気だが、室内では自由に動き回れず、座っていなければならないため、「腰が痛い」と訴えたという。
 「奥西家は長生きの家系。90歳ぐらいまでは生きてくれないと」という妹の言葉に、盛んにうなずき返した。妹が8年前にがんのため切除した胃の調子を気遣うと、「胃はいいが、頭の方が少しぼけてきた」と冗談も。さらに「来年こそは裁判に勝って帰ってきて、うちの家で過ごすんやで」と語りかけると、「うん、そうしたいな」と答えたという。
 奥谷さんによると、初めて面会した5年前に比べると、奥西死刑囚は少し耳が遠くなり、裁判の込み入った話への反応も鈍くなった。奥谷さんは「冤罪を晴らすのは、裁判だけでなく、時間との闘いにもなっている。裁判所には早く判断を示してほしい」と話している。


鑑定めぐり主張対立
 

 奥西勝死刑囚の再審請求をめぐっては、最高裁による差し戻しを受けて名古屋高裁で審理が行われている。しかし凶器とされる農薬の鑑定をめぐり、検察側と弁護側の主張が対立したこともあり、再審が開始されるかすらも、めどは立っていない。
 奥西死刑囚の第7次再審請求に対し、名古屋高裁刑事1部は平成17年4月、再審開始を決定。しかし、検察側の異議を受けた同高裁刑事2部は18年12月、この開始決定を取り消した。これに対し、弁護側は特別抗告最高裁は昨年4月、「審理が尽くされていない」と農薬の再鑑定を行うよう、審理を差し戻した。
 しかし、再鑑定の手法をめぐり、差し戻し審は〝入り口〟で紛糾。高裁は昨年8月になってようやく、再鑑定を実施する意向を示したが、鑑定人は決まっていない。
 今後は鑑定人を選任した上で、製造中止となっている農薬の製造をメーカーに依頼。再鑑定を行い、その結果を踏まえて高裁が再審を開始すべきか否かを判断することになる。


 名張毒ぶどう酒事件 昭和36年3月28日夜、三重県名張市の公民館で開かれた懇親会で、ぶどう酒を飲んだ女性5人が相次いで死亡、12人が中毒症状を起こした。ぶどう酒からは農薬が検出され、犯行を自白した奥西勝死刑囚が逮捕された。奥西死刑囚は後に否認に転じ、1審津地裁は無罪としたが、2審名古屋高裁は死刑を宣告。昭和47年、最高裁で死刑が確定した。名古屋高裁は平成17年にいったん再審開始を決定したが、後に取り消し。最高裁は昨年4月、この取り消し決定をさらに取り消し、審理を高裁に差し戻した。

 

 


 

 

 そう、きょう1月14日は名張毒ぶどう酒事件奥西勝死刑囚85歳の誕生日なんです。フクトミはいま極めて不自由な立場なれど、なにか書いておかなくては、とこそこそ取材して原稿にしたわけです(笑)。ま、社内に他に取材している記者もいないし。

 

 

 というわけで、毒ぶどう酒事件について少しでも知ってもらえれば、と取り急ぎ更新したまでです。あ、毒ぶどう酒事件に関するこれまでのエントリは、以下の通りです。たいしたことは書けてませんが、興味がわいた方は、ぜひ。

 

  ◇平成18年12月25日付「扉は開くか」
    http://fukutomim.iza.ne.jp/blog/entry/92258/
  ◇平成18年12月31日付「できる限りの長生きを」
    http://fukutomim.iza.ne.jp/blog/entry/94914/
  ◇平成19年1月15日付「Happy Birthday」
    http://fukutomim.iza.ne.jp/blog/entry/102135/

  ◇平成22年4月7日付「半世紀に向けて」
    http://fukutomim.iza.ne.jp/blog/entry/1537167/
 


 では、いつかまた。

 


 

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■■ ご報告、再び ■■

2010/10/24 16:25

 

なんともはや、という感じなのですが。

 


 さて、フクトミ、10月1日付でまたも異動になりました。昨年11月1日付で阪神支局へ異動になったわけなんですが、在任11カ月で大阪社会部に舞い戻ることになりました。いやはや。

 

 まあ、そもそもが阪神支局への異動は明石花火大会事故JR福知山線脱線事故の強制起訴に備えて、という側面が強かったんで、それが終わればお役ご免というか、通例の在任期間である2年を務めることはないだろうなとは思っていたんですが。実際、異動になってみると、なんともはや、であります。

 


 とはいえ、もうちょい阪神支局にとどまりたいと思っていたわけでもなくて。それは、来年3月28日で名張毒ぶどう酒事件が発生半世紀を迎えるからです。以前にも弊ブログに記したように、大きな節目を迎え再審の動きからも目を離せない名張毒ぶどう酒を取材すること、それだけが今のフクトミの望みであります。あとのこたあ、正直どうだっていい。

 


 ところが、異動後の担当は、大阪府警のサブキャップでした。府警担当への復帰は平成16年7月以来、実に6年ぶりなんですが、当然ながら、いつ発生するか分からない事件を相手にする持ち場であります。
 大阪社会部でも他の持ち場なら、昨年引っ越したばかりの西宮から通うつもりだったんですが、結局、先に着任しておいて大阪市内の府警本部の近くに引っ越しました。案の定というか、1日に着任してからこれまでに土日の呼び出しは2回ありました。呼び出しがかかることにまったく不満はなくて、そういう持ち場だよなあ、と6年ぶりの感覚を取り戻しているところです。異動にあたって、12月21日に予定されているJR西日本前社長の初公判だとか、名張毒ぶどう酒についてはある程度関わってもらうことになる、との話なんですが、責任をもって全うできる立場ではありません。

 

 

 


 ぶっちゃけて言えば、名張毒ぶどう酒さえ担当することができるのならば、異動先は名古屋の中部総局でも(弊社の場合、中部本社がないもんで)、津支局でもよかったんです。そう、名張毒ぶどう酒さえできるのであれば、どこだってなんだってよかった。でもまあ、サラリーマンである以上、仕方がないですね。

 

 


 引っ越してから2週間が経ちますが、名張毒ぶどう酒の資料も、それからカレー事件の資料も光市事件の資料も、段ボールを開けてません。ちょっと目を通す気にはならないというか、その余力がないというか。ま、夜の待機時間が長いんで、このブログはちょくちょく更新することになるとは思いますが。

 

 

 


 

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いまはただ、安らかに

2010/09/15 02:41

 

さきほど、大阪の岸和田でお通夜に参列して、西宮へと戻ってきたところです。

 


 日付変わって一昨日13日の夕方、裁判担時代の相方で、今は大阪社会部の司法キャップをしている先輩記者から連絡を受けたときには、思わず大きな声を上げてしまった。

 

 大阪弁護士会の木村哲也弁護士が、未明に亡くなったという。体調を崩して仕事を休んでおられるとは聞いていたのだが、まったく信じられなかった。

 


 木村弁護士とのお付き合いのきっかけは、ごたぶんにもれず、毒物カレー事件である。木村弁護士は、逮捕前の林眞須美死刑囚(49)が最初に頼った弁護士だった。

 

 ただ正確に言えば、公判では眞須美死刑囚の弁護人を務めていない。昨年7月19日付のエントリ「誕生日には再審請求」http://fukutomim.iza.ne.jp/blog/entry/1138595/)でも少し触れたのだが、逮捕当初、眞須美死刑囚と夫の健治氏(65)には7人の弁護人が選任されていた。だがその後、眞須美死刑囚の3度目の逮捕容疑にヒ素入りのくず湯で健治氏の殺害を図ったとする殺人未遂が含まれたため、夫婦が利益相反の関係になる可能性が生じたことから、弁護団を分離したのだ。それで、木村弁護士は健治氏のほうの弁護人となったわけである。

 

 3件の詐欺罪に問われた健治氏の判決は平成12年10月の1審判決が控訴せずそのまま確定したから、木村弁護士はその時点で、この事件とはかかわりがなくなったといえる。だが、上告審段階で結成された眞須美死刑囚の支援集会で、後ろの方にちょこんと座ってらしたことがあった。

 

 眞須美死刑囚の弁護団は、1審と2審では1人が抜けただけでほぼ同じメンバーだったのだが、上告審段階で安田好弘弁護士が主任に選任され、大幅に入れ替わった。とはいえ、1審から現在の再審請求審に至るまで一貫して携わっている弁護人も2人いるわけだから、たとえば光市の母子殺害事件や足利事件のように旧弁護団と新弁護団とが対立しているわけではない。
 それでも、自分にとってはとうに手が離れた事件なのだから、わざわざ支援集会などに足を運ばなくてもよさそうなものである。

 

 

 つまりは、木村弁護士とはそういう人なのだろう。

 

 


 木村弁護士が他に手がけた事件としては、日本で初めてエイズで亡くなった女性の顔写真を掲載した週刊誌に対するプライバシー侵害訴訟や、堺市で3人が死傷した通り魔事件の少年被告の実名報道をめぐる訴訟がある。大学に入ったころは新聞記者を目指していたということもあってか、報道をめぐる問題には敏感な人だった。

 

 カレー事件では眞須美死刑囚が黙秘したことをめぐり、弁護団への激しいバッシングが起きた。「起きた」と、他人事のように書いているが、新聞メディアのなかで最も手ひどい批判を展開していたのは弊紙だったわけだが。われわれ現場の記者たちすら呆然とするような勢いで。
 木村弁護士はそのときも、努めて冷静に反論していた。決してメディアを敵視するのではなく、その重要性を認識しているからこそ、適正な報道を求めていた。

 

 だから光市事件の差し戻し控訴審のとき、紙面に掲載される記事すべてとは言わないまでも、カレー事件が起きたころとは比較にならないぐらい自己の責任で出稿作業を行えるようになっていたフクトミは、「木村さんならこの記事を読んでどう思うだろう」と時折考えたものである。

 

 

 

 ここまでを読んで、人権派弁護士か、と思われる方も多いだろうと思う。フクトミはこの「人権派弁護士」という言葉がしゃくにさわってしかたないのであるが。世の中で弁護士の人たちぐらいは人権、人権といってもらわないと困るのである。「人権派」という言葉をあえて使うなら、弁護士とはすべからく人権派であってしかるべきなのだ。それなのに「人権派弁護士」などという言葉を使うのは、「頭痛が痛い」みたいなもんだと思うんですがね。

 

 

 だから、木村弁護士はきわめてまっとうな意味で、すぐれて「人権派弁護士」だったと思う。弁護士という職務を離れても、1人の人間として実に魅力的な人だった。

 

 

 

 いま思えば、になってしまうけれども、実はフクトミ、いつごろのことか記憶ははっきりしないのだが、木村弁護士を偶然、病院でお見かけしたことがある。ただ、そのときはてっきり別人だと思っていた。

 

 「こんな顔なんで、まったく貫禄がなくて困るんや」

 

 口癖のように童顔をぼやいていた人なのに、見る影もなくめっきりと老け込んでいた。だから、遠くの横顔を見たとき、他人の空似だと思ったのだ。


 それがお通夜のときに治療を受けていらした病院を聞いて、あのとき見かけたのはやはり木村弁護士だったのだと分かった。白血病で、骨髄移植を受けられて一時は職場復帰のめどもつきそうな状態だったのだが、急変したのだという。

 

 


 享年54。月並みではあるが、若すぎる。もっともっと、いろんな話をしたかった。

 どうか、安らかに。

 

 

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あの人の十三回忌

2010/09/02 23:49

 

では、今回は和歌山ネタで。もちろん、和歌山の毒物カレー事件です。

 


 もうひと月半も前になってしまうのだが、7月18日(日)、林眞須美死刑囚(49)の支援集会が大阪市中央区の御堂会館で開かれた。昨年7月19日に同じ会場で開かれて以来、ほぼ1年ぶりである。

 

 実はこの1週間ほど前、フクトミのもとに眞須美死刑囚から手紙が届いた。こんな感じの。

 

 

 

 


 もう筆跡をみただけで、誰からの手紙かすぐに分かってしまう。いやあ、ほんとに驚いた。確定前、初めて手紙をもらったとき以上の驚きである。
 だって、確定後の死刑囚は、手紙のやりとりを著しく制限されるはずだ。いったいぜんたい、なんで届いたんだ。東京拘置所のように、大拘も死刑囚の処遇が変わったのか。それとも確定直前の面会の際、彼女が「福富くんも特別面会人に申請するからね」と言っていた申請が通ったのか。おいおい、それなら面会もできるかもしれないぞ。

 

 …などと考えながら、封を切った。ええもう、ニキビ面の中学生がラブレターを開けるみたいにドキドキしつつ。で、中に入っていたのは死刑再審無罪事件のひとつ、松山事件の元被告のメッセージが掲載されたA4判サイズの紙が1枚だけ。調べてみると、すでに絶版になった「えん罪入門」(日本評論社刊)という本のコピーのようだ。裏をめくってみても、彼女の手書きのメッセージなどは一切なし。ほんとに本のコピーが1枚だけである。

 


 まあ前にも、封筒の中をみたら切手が1枚入ってただけ(苦笑)、とかいうことがあったんで、そんなに意外性はない。あのときは「手紙をちょうだい」という意味だったんだろうし、きっと今回は、「私は無実の訴えをやめてへんで」とか「今度の支援集会、忘れんと来てや」とかいった意味なんだろう。
 そういう意味が込められてるんだろうなということは想像できるが、それにしてもなんで届いたんだかなあ。それにわざわざ「来い」なんて言われなくても、支援集会には行くに決まってるのになあ。これまでの集会の参加者の名簿を見たのか、彼女だって面会のとき、「福富くん、毎回欠かさず集会来てくれてるんやなあ」なんて言ってたじゃないか。

 

 

 

 ところが、なぜ手紙が届いたのかの謎は、集会であっさりと解けた。

 

 老朽化著しい大阪拘置所では建て替えが行われることになっているんだが、それに向けて、収容者は荷物を減らさなければならないんだそうだ。そのための特例として、死刑囚にも宅下げのために郵便物を送ることが認められたという訳だ。「支援する会」代表の鈴木邦男氏のもとには、突然、本が1冊届いたのだという。集会で手にしている、この本ですね。

 


 なんだ、あっちは本でこっちはコピーかよ(笑)。というわけで、たとえ手紙を出しても眞須美死刑囚のもとには届かない現状は、変わらないままである。

 


 さて、集会の内容はと言えば、まあ、だいたいいつもの通りだった。ゲストスピーカーの話があって、弁護団から現状報告があって。
 今回のゲストスピーカーはドキュメンタリー映画「A」や、「ドキュメンタリーは嘘をつく」「死刑」などの著書で知られる森達也氏。弁護団からは、今年3月に眞須美死刑囚の毛髪の再鑑定請求を行ったことが報告された。眞須美死刑囚の毛髪からは捜査段階の2度にわたる鑑定の結果、いずれも亜ヒ酸が検出されているのだが、その検出位置が鑑定によって異なっているのはおかしい、という主張である。

 

 この毛髪鑑定については、1審でも散々、毛髪の採取方法や鑑定嘱託の手続きなどをめぐって検察側と弁護側の激しい攻防が展開されている。それでも弁護団がこだわるのは、毛髪の鑑定も、カレー中から検出された亜ヒ酸と眞須美死刑囚宅で発見された亜ヒ酸とを同一とした鑑定と同様、中井泉教授によってSpring-8で行われたからであろう。
 ごく微量の不純物の含有量を根拠とした同一性鑑定を崩すには、Spring-8もしくは同程度の性能をもつ放射光施設での再鑑定を行わねばなるまいが、それを裁判所に実施させるのは困難だ。ところが毛髪鑑定の場合、亜ヒ酸の付着した位置だけが問題となるのだから、これはSpring-8でなくても検証が可能だ。その結果、毛髪鑑定に誤りがあるということになれば、同一性鑑定の信用性を崩していくステップとなりうる。

 


 先ほど、「集会の内容はだいたいいつもの通り」と書いた。だが、唯一、これまでの集会と大きく違っていたことがあった。それは、眞須美死刑囚の家族の姿がなかったことである。

 

 「支援する会」の設立からまもないころの集会には、眞須美死刑囚の長女や長男も来ていたのだが、そのうち見なくなった。まあフクトミのようなマスコミも来てるわけだし、それぞれの生活もあるだろうから、顔を出しづらいであろうことは想像に難くない。ただ、夫の健治氏(65)だけは欠かさずに来ては、頭を下げていた。その姿が、今回はなかったのである。事前に予想していたことではあるが。

 

 というのも、健治氏、昨年9月に脳内出血で倒れたんである。詳しくは、眞須美死刑囚の手記が掲載された「月刊創8月号」もしくは、週刊朝日ムック「真犯人に告ぐ! 未解決事件ファイル」をご覧いただきたい。とにかく、飲まされたか自分で飲んだかはさておき、ヒ素のせいでもともと足が不自由な健治氏が和歌山から大阪に出てくるのは、ますますもって非常に困難になってしまったのである。

 

 ということは、ただでさえ少ない眞須美死刑囚の面会の機会が、さらに少なくなってしまったということだ。
 ただ、そこはアレである。死刑囚の面会確保の際によく行われる養子縁組が、健治氏とある男性との間で交わされ、無事、面会相手として許可が下りたんである。これも、フクトミが更新をさぼってる間に、週刊文春がすでに報じていましたね。それにしても文春や新潮は、夏の合併号のときの「あの人は今」みたいな特集でよくカレー事件を取り上げるよなあ。

 

 

 

 

 

 この集会から1週間ちょっと過ぎた7月26日(月)、フクトミは和歌山に足を運んだ。

 

 事件が起きたのは7月25日だが、4人の方々が亡くなられたのはいずれも翌26日になってからである。一時は7月25日に現場を訪れることのほうが多かったのだが、一昨年、昨年は26日だった。亡くなられた方々のご冥福を祈るのであればやはり26日のほうがふさわしいであろうし、慰霊祭が営まれるのも26日だからだ。
 だが、十三回忌にあたる今年、慰霊祭はなかった。これもすでに報道されているからご存知の方も多いだろうが、ご遺族から「静かに命日を迎えたい」と自治会へ申し入れがあったからだという。2年前のエントリ「10年前、あなたは」http://fukutomim.iza.ne.jp/blog/entry/658481/)でも記したのだが、そのお気持ちはフクトミのような部外者でも十分に理解できる。

 

 西宮を出たのが夕方かなり遅かったので、和歌山市園部の現場に着いたときには、とっぷりと日が暮れていた。昨年までの7月26日には祭壇が設けられていた公園に、花束を供え、手を合わせた。
 このころは宝塚市で3人が死傷し中学3年生2人が逮捕された放火事件の家裁送致を目前に控えていたため、ほんの何人かにだけご挨拶をして和歌山を後にするつもりだった。だが、「尼崎で虐待ですわ。小学生の男の子が重体です」という兵庫県警担当からの電話で、それもあきらめて、西宮に舞い戻った。やれやれ。

 

 

 

 

 


 さて最後に。延び延びになっていたカレー事件に関する更新を、あえて9月2日にしたのには理由がある。

 


 カレー事件にからみ、フクトミがすぐに思い出せる日付はいくつもある。

 

 事件が起きた平成10年7月25日は当然のこと、眞須美死刑囚が最初に殺人未遂および詐欺容疑で逮捕された10月4日、本件たるカレー事件の殺人・殺人未遂容疑で逮捕された12月9日、眞須美死刑囚が起訴され捜査が終結した12月29日。その後、初公判が開かれた11年5月13日と1審判決が言い渡された14年12月11日。この辺まではすらすら言える。
 これが2審になると、「判決は17年の6月末だったなあ」「初公判は判決の前の年の4月だな」とぼんやりしてくる。それでも、それぞれの日の自分の行動や、どんな原稿を書いたのかは、はっきりと思い出せる。
で、上告審以降はもうつい最近のことだから、判決は21年4月21日で、再審請求が同じ年の7月22日、と記憶が鮮明になってくる。

 


 こういった日付は、カレー事件でなにか事があるたびに、事件の経過の表に刻まれる節目である。「9月2日」はそういった日ではない。だが、だからこそ、特別な日なのだ。

 


 いまから7年前、当時、弊紙の夕刊(大阪本社発行版)に不定期で掲載されていた「風」というコラムに、こんな記事を書いたことがある。

 


【風】無名刑事の「殉職」

 

 五年前の平成十年九月二日、一人の刑事が息を引き取った。和歌山県警捜査一課の村井常弘警視=死後、警部から昇進。妻と二人の子供を残し、四十七歳での早過ぎる死だった。
 この年の七月二十五日、和歌山市園部で四人が死亡、六十三人がヒ素中毒になった毒物カレー事件が発生。村井警視は二百四十六人体制の捜査本部で、膨大な捜査情報の集約を担当していた。休みが取れないのはもちろん、連日、未明の帰宅が続いた末の過労死だった。
 林真須美被告(四二)が逮捕され、五カ月に及んだ捜査が終わりに近づいたころ、県警のある幹部に村井警視について取材しようとしたことがある。捜査終結を前に、『殉職』した刑事がいたことを改めて記事にしておきたかった。しかし、取材の趣旨を伝えた際の幹部の返事は、「そんなん、書いてもらわんでかまへん」だった。
 葬儀で人目もはばからず涙をしたこの幹部が、村井警視の死を悼んでいないわけがない。ただ、犠牲者の遺族や被害者の心情をおもんぱかってのことだった。
 「彼を死なせてしまったことは絶対忘れへん。でも、それは職務の上でのこと。被害を受けた人たちを差し置いて、犠牲者のように扱うわけにはいかへん。そっとしといてくれへんか」
 真須美被告には昨年暮れ、一審の和歌山地裁で極刑が言い渡された。現在は控訴審に向けた準備が進められているが、直接、犯行に結びつく証拠がない難事件で有罪判決の決め手になったのは膨大な状況証拠だった。その一つ一つが、村井警視ら無名の刑事たちの執念の結晶だったと思う。                    (富)


 

 

 和歌山市内にある村井警視への自宅には、ときどき夜回りに行った。彼の元には、ありとあらゆる捜査情報が集約されてくる。それを整理し、上にあげるもの、補充捜査が必要なもの、と仕分けしていくのが役目だった。当然、口は重い。「お疲れさんです」「すまんけど、なにもしゃべられへんで。お互い、がんばろな」。これがいつものやりとりだった。ネタなどとれたためしがない。
 

 それでもネタ元である他の刑事への夜回りを終えた後でちょくちょく足を向けたのは、捜査本部がはねてから最後に帰ってくる彼の帰宅時間と表情から、捜査の雰囲気だけでも分かれば、と思ったからだ。同じ狙いなのか、よく他社の記者の姿も目にした。向かいの空き家の軒先で、未明に3人も4人もガン首をそろえて待っていると、ちょっとだけ彼の表情が緩んだ。

 

 9月2日当日、朝駆けに行った捜査幹部は、無言だった。捜査1課も総務課も、朝からなんとも言いようのない異様な雰囲気だった。なにがあったのか訝しがっているうちに、昼前、村井警視が亡くなったことが広報されたのだった。

 

 


 カレー事件は、すでに世間では「あんな事件もあったなあ」と思い出される部類だろう。今年は慰霊祭が営まれないことが逆にニュースになったが、今後なにか大きく報道されることがあるとすれば、再審請求審に動きがあるか、それとも執行か、それぐらいではないか。それでも7月25日、あるいは7月26日という日付が巡ってくるたびに、カレー事件のことを思い出す人はいるだろうし、なんらかの報道もあるかもしれない。

 

 いま、カレー事件の取材をしていて、事件当時に担当していた記者と会うことはまずない。12年前の9月2日に無名の刑事が〝殉職〟したことを覚えているのも、いや、そんなことがあったことを知っている人すら、ご遺族と県警関係者をのぞけば、ほとんどいないのだろう。

 


 村井警視のことを、「カレー事件の5人目の犠牲者」というつもりはない。ただ、重い足取りで玄関を開ける彼の背中を、せめて9月2日にだけは思い出したいと思っている。

 


 

 

 

 

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オオカミ少年が来た!(広島にも和歌山にも明石にも尼崎にも)

2010/07/29 23:52

 

すっかり更新が滞っております。もう2カ月も。

 


 夏だというのに冬ごもり状態のこんなブログなんですけれども、それでも1日数百ぐらいではありますがアクセスをいただいています。たいへんありがたいことであります。いやほんとに。
 たまに更新したりすると、ぐっとアクセスが増えたりするんですが、これだけ滞っていると、ほぼ一定です。前日とアクセス数がまったく同数なんて不思議なこともあります。

 

 ところが、昨日来、アクセス増加傾向にあります。きのうは広島市の小1女児殺害事件の差し戻し控訴審判決があったからでしょうね。この事件、判決だけなら裁判所のホームページでもみることができますが、冒頭陳述や論告、弁論もアップされてるサイトとなると他にはないんじゃないかなと思います。自画自賛するようですが。ちなみに、それがアップされてる過去のエントリは以下の通りです。

 


 ◇公訴事実と検察側、弁護側双方の冒頭陳述要旨:
    「命の重み、極刑の重み①」(http://fukutomim.iza.ne.jp/blog/entry/825536/
 ◇論告要旨:
    「命の重み、極刑の重み②」(http://fukutomim.iza.ne.jp/blog/entry/825570/
 ◇最終弁論要旨:
    「命の重み、極刑の重み③」(http://fukutomim.iza.ne.jp/blog/entry/825561/
 ◇判決要旨(争点判断まで):
    「命の重み、極刑の重み④」(http://fukutomim.iza.ne.jp/blog/entry/825564/
 ◇判決要旨(量刑理由):
    「命の重み、極刑の重み⑤」(http://fukutomim.iza.ne.jp/blog/entry/825619/
 ◇控訴審判決要旨(コンパクト版):
    「The Long And Winding Road①」(http://fukutomim.iza.ne.jp/blog/entry/830402/
 ◇控訴審判決要旨(前半):
    「The Long And Winding Road②」(http://fukutomim.iza.ne.jp/blog/entry/830449/
 ◇控訴審判決要旨(後半):
    「The Long And Winding Road③」(http://fukutomim.iza.ne.jp/blog/entry/830451/
 ◇上告審判決全文:
    「エッシャーのだまし絵」(http://fukutomim.iza.ne.jp/blog/entry/1276368/

 


 で、フクトミは現在、阪神支局に所属している身ですから、広島高裁へは応援取材に出向いておりません。が、判決要旨は入手しております。当然、アップせねばならんでしょうし、するつもりなんです。なんですが。

 

 

 

 現在、兵庫県宝塚市で3人が死傷した放火事件の処理に忙殺されております。ようやく本日昼前に家裁送致されてひと段落なんですが、きょう、あすは支局のデスク業務で手がふさがっている次第です。
 ですから、それ以降に、しこしこと判決要旨を起こす作業にとりかかるつもりです。それからこの季節には毎年アップしてきた和歌山の毒物カレー事件についてもアップしなければ。もちろん、前回、前々回で予告していた明石花火大会事故JR福知山線脱線事故についても。

 

 

 

予告ばっかりですが、きょうはこんなところで。


 

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